2015年1月号

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連載記事

アイコム50年史

JA3FMP櫻井紀佳

第4回 デジタルの時代へ

■ スペクトラム拡散

スペクトラム拡散通信が大きな話題となり1980年台後半から1990年の前半にかけて学会でも分科会の研究会を開くと参加者が130名にも達し、普通の研究会の2倍以上の参加者が集まる盛況で、アイコムでも研究していました。

JARLのスペクトル拡散委員会で試作実験も行いましたが、アマチュア無線で一番の問題は遠近問題です。遠くの局とこのモードで通信している時、近くの局が電波を出すと即潰れていまいます。電話系で有名なCDMAは遠近問題が起きないよう端末局の電力をすべてコントロールしているから可能であり、アマチュア無線では不可能なことです。

D-STARの開発の時もこのスペクトラム拡散を取り入れたシステムの話もでましたが、このような状況が分かっていたので深く検討することはありませんでした。データ通信のスペクトラム拡散ユニットを開発して一部販売しましたがこのような理由で大きく延ばすことはできませんでした。


スペクトラム拡散ユニットの仕様 (クリックで拡大します)

■ DSP登場 (IC-775)

1990年台に入りTIやNEC等からDSP(Digital Signal Processor)チップが出てきました。世の中では最初はDSPを何に使ったら良いのか迷っている感はありましたが、我々無線屋にとっては待っていましたという感じです。DSP内部の処理スピードが十分でなく、高い中間周波での処理は困難でしたが、完全なデジタル処理により、信号処理の動作が試作さえ十分働けば量産になってばらつく心配がありません。これで1980年台前半の夢がやっと叶うこととなりました。

最初にこのDSPを組み込んだIC-775はすべてスムーズに開発できたとは言い難いのですが、DSP動作の最初の無線機となりました。その後開発も進み理論的に可能なものはほぼDSPで動作できるようになり、部品のバラツキで量産が止まるというようなことがなくなりました。あれだけあった調整ヶ所も1桁程度まで減少し、最初にデジタル信号処理を思いついてから、やはり10年を超えてやっと実現しました。

■ 無線LAN

1998年にIEEE802.11の無線LANが標準化されネットワーク機器の開発を始めました。屋内でのパソコンなどで構成するネットワークと、屋外のビル間通信の機器を開発し、現在では数kmのビル間通信が可能になっています。アマチュア無線のD-STARレピーターで山上など通信回線のない場所と市街地の通信回線とを繋ぐ通信にも使われています。

■ パソコン関係

1998年にはアイコムもパソコン関係の販売を始めました。パソコンや液晶ディスプレイ、ハードディスクなど必要な一連の機器の一般売りをしていました。しかし対応が中々難しく、例えばマウスの使い方についての問い合わせなど簡単なことでも丁寧な応対が求められ、多くの担当者と時間が必要でした。パソコン関係の販売の激化から販売価格はどんどん下がりとても採算が合わない状況となり、一般売りを中止することになりました。その後はネットワーク機器の構成に必要なパソコンはシステムとして販売を続けています。

■ 本社ビル竣工

アイコムは大阪万博のあった1970年に現在の大阪市平野区の加美地区に移り、業容の拡大に伴って近くに転々と事業所を広げてきました。本社機能もその事業所のどこかで業務を行ってきましたが、段々手狭になり本社ビルを建てることになりました。

場所は最初に移ってきた場所のすぐ近くでJR加美駅から2、3分の所です。建物は6階建てで屋上には2基のアンテナタワーを建てました。建設会社にアースのことを少しやかましく言ったため多くのアースが取られ普通のアーステスターでは計れない位に接地抵抗が低くなりました。6階が無線室だったため無線用のアースとして地面から引っ張り上げ「これがアースです」と言われ唖然としてしまいました。こんな長いアースはいくら線径が太くても無線に使えません。無線室から1kWを出すためエレベーターなど電子機器への回り込みも十分テストして2000年9月に竣工完成しました。

■ MIL規格

無線機を作り始めた頃から米軍のMIL規格は難しいものの代表のように言われていました。アイコムの無線機も段々と信頼度があがり米軍に採用されるようになったのです。それも特別にコネを使ってというような方法ではなく、米軍が市場で購入した無線機の試験を行い、性能、信頼度、強度、使いやすさ、価格などの評価から採用が決まったのです。このような方法で採用された日本のメーカーはないようで、誇りに感じています。

■ IC-7800

究極のHF機を作ろうとIC-780の後継機の開発を始めました。受信部が完全な2系統となりデジタル信号処理を行うDSPは32ビット浮動小数点のものを4個採用し、A/D変換器は24ビットで高いダイナミックレンジを保持しました。リアルタイムスペクトラムスコープで受信の状態を表示し、表示器は最新の液晶を採用しました。メーターはアナログ針式がやはり使いやすいので、液晶によるまったく違和感のないメーター表示としました。

この無線機の最大の特徴は+40dBmの第3次インターセプトポイントを持つことですが、特別のミキサーと強力な局発および厳選された部品の採用で達成しています。普通はコイルのコアやコンデンサーにはあまり配慮しないものですが、ここまでダイナミックレンジを追求するとコアの歪みやセラミックコンデンサーの歪みまで問題になるのです。他の受信機と聞き比べると、雑踏の中で話をしているのと静かな個室で話をしている程の違いが分かります。

■ デジタル中心の機器へ

このように無線機の内部も多くの部分がデジタル化され、また通信そのものもアマチュア無線ではD-STARの開発を行ってデジタル化しました。D-STARの開発についての詳細は本月刊FB NEWSの2014年5月号~7月号に掲載された「D-STARの開発と実用化」をご覧ください。

業務用機器は、音声をデジタルに変えるCODEC、変調方式、秘話方式などデジタルのための項目は多く、また各社利害関係があって複雑ですが、他のメーカーと共同してNXDNプロトコルを使ったIDASシステムを開発しています。また、パブリックセイフティ(公共安全)のためのAPCO P25のような共通のプロトコルのデジタル通信機も開発しています。

■ アイコムの今後

50年前まで遡って開発した機器やその時の情勢などを織り込んでアイコムの歴史を書いてきましたが、21世紀になったここ10年位は既に皆さんもご存じのことも多く、このあたりで留めておきたいと思います。

思い返せば50年前から残っている会社の関係者は井上会長と私ともう1人だけになってしまいました。元々アマチュア無線が好きで入社してその後もずっとプライベートにもアマチュア無線を楽しんできたので芯から好きだったと言えると思います。その間には開発した製品を愛用して頂いたお客さんがいたからこそ、ここまで続けられたのだと感謝申し上げます。

今後もアイコムは新しい技術、素晴らしい技術を取り入れお客様に満足して頂けるシステムや機器を作っていくことで、更に発展していけるものと信じています。今後ともご厚誼賜りますようお願い申し上げます。

(完)

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