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海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その77 海外運用時はCEPTを含む各国のルールの確認を 1992年(7) 「あの人は今(第2回) JA1BRK米村太刀夫氏」

JA3AER 荒川泰蔵

海外運用時はCEPTを含む各国のルールの確認を

読者から、CEPT免許を基にして外国で移動運用する場合、自分のコールサインの前にその国の決められたプリフィックスを付ける(例えばドイツであれば“DL/自分のコールサイン”)と、CEPTのルールで決められている旨のご指摘を頂きました。その他にもそれぞれの国で独自のルールなどもありますし、時代の経過で変更されることもありますので、これから海外で運用される方は現在のルールを確認した上で、それを守って運用されますようお願いします。さて、今回はオセアニア州の2回目です。そして「あの人は今 (第2回)」では、JA1BRK米村太刀夫氏を紹介します。

1992年 (バヌアツ YJ0AAA)

JG7AMD庄司良弘氏は、バヌアツでYJ0AAAの免許を得て運用、10~24MHzのSSB, CWで645局とQSOしたとアンケートを寄せてくれた(写真1)。「当時、現地常駐局であったYJ8GK九門氏より機材を借用した。コールは1ヶ月以内の短期滞在局について、YJ0Axxが割当られる。空いていれば好きなのが取れる。10分程で許可がもらえ、書類は数日後発給される。TVIに関しては、TVそのものが一般家庭にまであまり普及していないので特に問題ないと思われる。TV放送は1993年9月頃より1日数時間であるが開始されている。物価が日本とあまり変わらず、中級のホテルで一泊8,000円ぐらい。今回は知人宅に宿泊し運用を行ったが、ホテルからの運用を考えると一泊10,000円くらいの出費を考えないと、ロケーションに難がある。他の日本人による運用実績もあるので、日本の免許の英文証明でOKかも知れない。私は最初から英文で書かれているP29(パプア ニューギニア)の免許から申請した。従事者免許と局免許の両方の提出が必要だった。(1992年12月記)」


写真1. YJ0AAA庄司良弘氏の免許状の表と裏。

1992年 (フィジー 3D2AS, 3D2BX, 3D2EF, 3D2GS, 3D2IL, 3D2KE, 3D2ZG, 3D2ZL)

JR7OEF伊藤典明氏は、フィジーで3D2EFの免許を得て、WARCバンドを含む7-28MHzのCWとSSBで、約1,000局とQSOしたとアンケートを寄せてくれた(写真2及び3の左)。「日本の従免、局免の英文証明、パスポ-トP2-P5のコピー、5cm x 5cmの写真、ポリスクリアランスとしてUS25ドル、機材リスト(シリアルナンバ-も記入)に併せて3D2の局に発行してもらった推薦状を添付する。以前3D2から運用した局の情報では、入国時機材の30%の税金が課せられたそうで大変心配しましたが、釣竿ケ-スに入れたアンテナについて質問されただけで通関することができました。3D2の免許は年度更新で、いつ免許をもらっても12月31日迄有効です。再免許申請をしないと他の局に再割り当てされます。通常日本人は飛行機の着くナンディ周辺に滞在しますが、私は推薦状を書いてくれた3D2ER, Rajの住む首都スバで運用しました。ホテルの部屋からロングワイヤーを張りオールバンドCW, SSBにQRV。簡単な設備だったにもかかわらず、6大陸、1,000局余りと交信できました。現在フィジーには10局程ありますが、常時運用しているのはわずかです。Rajの他、3D2AG, 3D2CM, 3D2JOらとアイボールQSOしました。3D2JO, Joは郵政省の役人で、彼のオフィスを案内されました。無線連盟はありますが資金難で各国のビュローへQSLを送る費用も無く、彼等のQSLを得るにはダイレクトに頼らざるを得ません。家に招かれ食事を共にして大変楽しい旅でした。(1993年3月記)」


写真2. 3D2EF伊藤典明氏の免許状と、(右)無線機材の輸入許可証。


写真3. (左)3D2EF伊藤典明氏のQSLカード。(右)3D2ZG小西泰孝氏のQSLカード。

JH9XZG小西泰孝氏は、フィジーで3D2ZGの免許を得て3D2EF伊藤氏と共に運用し、3.5-28MHzのSSBとCWで760局とQSOしたと、アンケートを寄せてくれた(写真3の右)。「今回の免許の申請方法はすべて3D2EFと同じです。ホテルでの夜間運用がほとんどでしたので、QSOの97%がCWによるものでした。(1993年4月記)」

JA2SWH佐竹康雄氏は、フィジーで3D2GSの免許を得てグループで運用したと、アンケートを寄せてくれた(写真4及び5)。「1992年9月8日-12日の5日間、フィジーの首都Subaから西へ約100kmのCoral Coastにあるリゾ-トホテルThe Warwick FijiからOn the Airしました。3D2AS, 3D2GS, 3D2ZLの3局で、ホテルの庭の椰子の木の間に設営した地上高3mのV型ダイポールとFT-757GX (100W)を使用して運用し、5日間で約500局とQSOできました。この期間中にSuvaにある通信省の無線担当官を表敬訪問しました。彼によれば日本からのアマチュア無線ライセンス申請は、年間20局余りとのことでした。1992年9月現在の担当官はMr. Vilikesa Ravouvou及びMr. Peni Tavutonivaluで、2人とも非常に好意的、親切で問い合わせ等に対する回答も非常に迅速です。ライセンス申請方法(必要な書類等)は次の通りです。1) Letter of Request。2) 所定の申請書。3) 日本のライセンス英文証明(局免許と従事者免許)。4) パスポートのコピー(1-5ページ)。5) パスポートサイズの写真2枚。6) Licence Fee F$12.50。7) Police Clearance Fee F$30。各料金は等価のUS$でも可能です。この申請でオールバンド、オールモードでHFについては出力150Wのライセンスが取得できます。有効期間は1年ですが、1年毎にLicence Feeを支払えば継続することができます。また、リグの持ち込みに際しては輸入許可書の提示が必要な場合もあるが、事前に申請すれば許可書を発行してくれます。リグのメーカー名称が必要で、簡単な仕様と製造番号は申請書に記入欄があります。(1992年10月記)」


写真4. (左)3D2GS佐竹康雄氏の免許状と、(右)免許状に記載のないモードの追加許可証。


写真5. (左)3D2GSを運用する佐竹康雄氏。(右)3D2GS佐竹康雄氏他、グループのQSLカード。

JA2AUP鈴木昭男氏は、3D2GS佐竹氏達と共にフィジーで3D2ASの免許を得て、7-28MHzのSSBで約100局とQSOできたと、免許状のコピーを添えてアンケートを寄せてくれた(写真5の右及び6の左)。内容は上記3D2GSと同様なので省略。


写真6. (左)3D2AS鈴木昭男氏の免許状。(右)3D2ZL広瀬進氏の免許状。

JA2CZL広瀬進氏は、3D2GS佐竹氏達と共にフィジーで3D2ZLの免許を得て、7-28MHzのSSBで約100局とQSOできたと、免許状のコピーを添えてアンケートを寄せてくれた(写真5の右及び6の右)。内容は上記3D2GSと同様なので省略。

JS6BLS遠藤孝治氏はフィジーで3D2KEの免許を取得し、HF帯のSSBとCW、それにOSCARやRTTYを含めて約1,800局とQSOしたとアンケートを寄せてくれた(写真7及び8)。「3D2については多くの日本人が過去に運用しており、ライセンスの取得に関しても全く問題がない。また日本への郵送も可能のようである。SuvaのOfficeでもすぐにライセンスは発行してくれた。コ-ルサインも希望のものがあいていれば使用は可能である。過去に言われたポリスクリアランスや現地人2名の推薦も必要なかった(U.S.A.のライセンスを基に申請したせいかも知れないが)。問題なのはリグの持ち込みである。過去にも多くのハムがここでImport Taxなるものを支払っている。私達も4,000円余りを支払った。またU.S.A.のハムやZL1AMOも支払っているようなので仕方がないかも知れないが、個人で使用するものにImportというのも変な話しである。コテージタイプの宿に泊れば運用もFBに出来ると思う。(1993年12月記)」


写真7. 3D2KE遠藤孝治氏の免許状。


写真8. 3D2KE遠藤孝治氏のQSLカードの表と裏。

VK2BEX朝比奈篤行氏は、フィジーで3D2BXを運用したとアンケートを寄せてくれた。「1992年の7月バケーションでリグを持って行き、短時間ですがQRVして約1,000局とQSOしました。(1993年12月記)」

JF3PLF杉浦雅人氏は、フィジーで3D2ILの免許を得て運用したとアンケートを寄せてくれた(写真9)。「1992年夏にT30へのDXペディションをやろうということで、1年程前から私達(JARL京都クラブ)は検討を始めました。当初3D2からのQRVは考えていなかったのですが、飛行機の便の関係で、経由地のフィジーでも延べ3, 4日(往復で)滞在することになり、それならと免許申請の手続きを始めたのです。JAの免許の英文証明、パスポートのコピー、申請料(フィジードル$12.50 但し米ドルでも受け付けてくれました)を添えて申請したところ、約1ヶ月半で免許が郵送されてきました。コ-ルサインは希望するものがもらえます。免許範囲も150Wまでのオールバンド・オールモード。また日本から持ち込む機材についての通関許可証が添付されていました。但しこれは見せても、フィジー国内で使用するのであれば課税されるという噂があり、私達は税関では特に免許も許可証も見せず、口頭で“これは無線機とアンテナだ。キリバスで使う”と告げ通関しましたHi。運用は、飛行場のあるナンディから2, 30km北東にあるラウトカ市のCathay Hotelで行ないました。無線などしに来る外人は初めてなのでしょう、最初はいぶかしげな顔をされましたが、予約時に国際電話で告げてあったこともあって、交渉の結果OKがもらえました。裏庭の木の枝に、石を投げて引っかけたDPで結構よく飛びました。リグはTS-440とFT-757でした。今回のように、いい加減なアンテナでオールバンドに出たい場合には、TS-440のようなチューナー内蔵機が大変役立ちます。ホテルの運用がNGならレンタカーで移動してでもQRVしようかと考えていましたが、その必要はなく連日深夜までパイルを楽しみました。(1992年10月記)」


写真9. (左)3D2IL杉浦雅人氏のQSLカードと、(右)その免許状。

「あの人は今 (第2回)」 JA1BRK米村太刀夫氏

米村太刀夫氏の米国での活躍を2014年2月号(その11)で紹介したのを皮切りに、コスタリカでの記事は2014年11月号(その20)に、ギニアの記事は2014年12月号(その21)に、そしてドイツでの記事は2015年2月号(その23)に掲載させて頂きました。その他にも多くの国々で免許を得て活躍された米村氏は、現在鎌倉市にお住まいでアクティブにQRVしておられ、FEDXPのリーダーとして活躍されています(写真10)。今回はそのDXer米村太刀夫氏の近況を、送って頂いたアンケートから紹介させて頂きます。「1988年フィリピンのマニラに一軒家を確保して、そこにも地上高22mの自立タワーを建て、アマチュア無線を楽しみました。1989年にJA1BRK/DU1の臨時許可をもらい2000年にフィリピンの国家試験の受験が許されDU1ZVの正式免許が下りました。南洋の電波伝搬は日本の関東とは大きく異なり、特にサンスポット数が上昇した時の50メガDXは「素晴らしい」の一言に尽きます。ヨーロッパ相手にパイルアップをさばくのは大きな楽しみでした。1.8メガにも挑戦しましたが、南方特有のノイズに加えて近所のエアコンのインバーターノイズで弱い信号の受信がとても大変でした。一方フィリピンは、ほとんど24時間北海道から九州まで日本全国が59でガンガン聞こえますので、日本語でのラグチュウが楽しめます。2015年にマニラのQTHを処分しましたが、幸いにもDU1ZVの終身免許がPARA(フィリピンの無線連盟)の協力で下りましたので、いつでもフィリピンを訪ねて電波を出すことが可能です。現役時代はヨーロッパやアメリカへの出張が多くて、溜まったマイレージで東京からマニラ往復年間8から10回ぐらいの航空券はダダでしたが、セミリタイアになってからは自腹になりました。たまに少し溜まったマイルでアジア圏内を旅行しています。鎌倉のJA1BRK局は35m, 27m, 22mの3本のタワーがありましたが、最近35mのタワーを撤去しました。海岸に近いロケーションなので溶融亜鉛メッキが施してあっても錆びがひどくなり、撤去を決めました。幸いに最近は「巻き尺アンテナ」が普及してきて、一個のアンテナで多バンドの電波が出せますので、2本のタワーでも1.8メガから50メガでQRVできるので便利になりました。昔から楽しんでいるDXCCは新しいエンティティーが誕生しなければ増えませんし、デリートを含めたエンティティー数も381で留まっています。自分より上位の局がサイレントキーになると少しランクが上がるのですが、このSK局の情報が直ちにDXCCのデスクに届くわけではなく、あたかもサバイバルゲームの様相を呈しています。あと何年アマチュア無線が楽しめるのか分かりませんが、少なくとも次のサンスポット最大期まではいつでも電波が出せるように頑張ります。(2019年6月記)」と、送って頂いたメールには、新型BMW Z4試乗会での写真を添えて、「今でも新型車に試乗してメディア向けに記事を書いています。」と知らせて頂きました(写真11)


写真10. JA1BRK米村太刀夫氏のQSLカード。


写真11. 試乗会で、新型BMW Z4に試乗するJA1BRK米村太刀夫氏。

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