2013年11月号

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アマチュア無線への思い


JA1CIN 三木哲也
(公益財団法人 日本無線協会)

第7回 アマチュア無線による地震前兆観測の可能性(下)

1.はじめに

南海トラフ巨大地震や関東大震災の再来などによる大災害の可能性を抱えている中で、前兆現象の観測にもとづく地震の短期予知への期待は大きい。地震前兆の中で、電磁気的異常現象を捉える技術が1990年代以降急速に進展していることを9月号で紹介した[1,2,3]。これらの技術の中で特に、電波観測による方法は、実際に起きた多くの地震によって実績を積み上げており実用化が期待されている。電波はアマチュア無線にとって切っても切り離せないし電波の観測が地震予知に結びつくとあれば、アマチュア無線家としては観測にどう協力できるのかチャレンジしないわけにはいかない。そこで今回は、地震予知における電波観測の現状とアマチュア無線家による観測の可能性を考えてみたい。

2.地震前兆により生ずる電波伝搬異常の観測

地震の短期予知を目的とする電磁気現象の観測は、まずは前兆となる異常現象を捉えられることが必須であり、その結果を解析することで予想される地震発生の「場所」、「規模」、「時期」の三要素を特定することが求められる。それには、出来るだけ多くの信頼できる観測データを収集して解析する体制の構築が求められるが、観測機器の設置とその運用の容易性も重要な要素である。このような条件を満たすものとして、VHF帯あるいはVLF/LF帯の電波伝搬異常を観測する方法が実績をあげている。

VHF帯での電波伝搬異常の観測は、通常は見通し外で受信出来ないFM放送波を利用して、その震源域上空に生じる散乱体〔注〕からの前方散乱波や後方散乱波を検知するものである。この方法は、普及しているFM放送バンドの受信機やアンテナを利用できる点で、観測を行うこと自体は容易であるが、スポラディックE層やラジオダクトの発生などによる電波伝搬異常との切り分けを確実に行わなければならないという問題がある。また、FM放送の周波数チャンネルは0.3MHz間隔で設定されているため、直接波が受信できる場所ではそのチャンネルの他地域からの放送波を観測信号として受信することは不可能であり、観測点に対する制約が大きい。首都圏のようにほとんどのチャンネルが使われている地域は観測地として適さない。さらに、FM放送の放送チャンネルが全国で再利用されているため、見通し外からの異常伝搬の受信波がどの放送局からのものであるかの特定が難しいという問題もある。そのため、森谷武男氏らは観測エリアを北海道日高山脈の地震群に絞り、FM放送波の利用に加えて64MHz帯地震観測テレメータの送信点を設置し、観測の確度を高めて地震前兆現象解明の研究を行っている[4]

〔注〕地震の前兆現象としてVHF波が震源域上空で散乱する原因は、当初は電離層擾乱によるものと推測されていたが、近年の研究により震源からの電磁気的影響により地表が帯電することにより上空に電波の散乱体が生じるという説が有力視されているようだ[4, 5]

一方、VLF/LF帯での電波伝搬異常の観測による方法については、GPSの普及によりオメガ、デッカ、ロランCといった電波航法用の送信局が次々と廃止されたことから、観測に使用できる送信局が限られているという問題がある。そのため、同一送信局の電波を多くの観測点で受信することにより、それらの観測データを相互比較することによって電離層擾乱の生じている地域(すなわち震源地域)を推定する方法がとられている。電気通信大学地震電磁気研究ステーションの早川正士氏、芳原容英氏らは、図1のように国内各地に観測点を設け、表1のVLF/LF送信局の電波を常時受信し、その観測データから震源地域、発生時期および規模の推定を行っている。観測データとして、当日の時刻tにおける受信信号レベルA(t)〔dB〕と、同時刻の前日まで過去15日間の平均受信信号レベル<A(t)>〔dB〕を用いるが、平常時のA(t)および<A(t)>は図2のようになる。


図1 VLF/LF電波伝搬の観測地〔提供:芳原容英氏〕


表1 電波伝搬観測に利用しているVLF/LF送信局


図2 受信信号A(t)の日間変動とA(t)の過去15日間の平均値<A(t)>の変動
〔提供:早川正士氏〕

VLF/LF帯の電波伝搬は800km程度までは地表波と電離層反射波が共存し、それより遠方では電離層反射による伝搬となる。VLF/LF帯の電離層反射は、昼間は高度80km付近のD層によるが、高度が数10kmから上方の電離した空間を電波が通過する際に吸収損失が生じて受信信号レベルは低下する。夜間はD層が消滅し高度100km以上のE層での反射となり電離していない空間が拡がるため、吸収損失は減少し受信信号レベルが上昇する。そのため、電波伝搬の観測には送信点と受信点間の伝搬路が完全に夜間となる時間帯(図2のnightの部分)のデータが用いられる。そして、受信している信号が地震前兆の電離層擾乱の影響を受けたものかどうかの解析方法は、次のように説明されている[6]。すなわち、当日の電波伝搬状態の指標として、A(t)と<A(t)>の差分値dA(t)=A(t)-<A(t)>〔dB〕を求め、その差分値の夜間帯平均値<dA(t)>(dA(t)を夜間帯時間Tにわたって積分しTで除す)を用いる。この<dA(t)>を「トレンド」と称するが、その日々の変化を追跡することで地震の前兆を探っている。トレンドは種々の条件で日々変動するが、前兆現象である電離層擾乱が起きると電子密度が上昇するため、夜間の電波伝搬も昼間の伝搬状態に近づくことになり、受信信号レベルのトレンド<dA(t)>が減少する。受信信号レベルの変化は種々の条件で日常的に変化するが、地震の前兆現象は数日間にわたって継続するので、上記のトレンドが数日間低下する。したがって、トレンドが数日間にわたり低下した場合は地震の発生の可能性が高く、その低下の程度、継続期間と地震の規模の間に相関がある。日々変動するトレンドの標準偏差をσとすると、これまでの観測実績から-2σを越えてトレンドが低下した場合には比較的大きな地震が発生する確率が高いそうだ。また発生時期については、トレンドが低下した後一旦静穏期間を経て約1週間後に発生する確率が高いそうだ[2]

東日本大震災における前兆現象は、どうだったのだろうか。図3はシアトルNLK(24.8kHz)の電波を調布、高知、春日井の観測点で受信した信号のトレンドであり、2011年1月1日から同年3月13日までの毎日の値を示している。調布でのトレンドが、3月5日、6日に大きく低下し-3σを越えている。実際に、シアトル-調布を結ぶ伝搬路は宮城県沖の震源地域を通っており、5日間の静穏期間の後3月11日に地震に見舞われた[2]。高知でのトレンドも低下しているが、調布ほどではなく、春日井でのトレンドは平常時と区別がつかない。シアトル-調布を結ぶ伝搬路に加えて、これに直交するような伝搬路が複数あれば、それらのうちトレンドが最も低下した伝搬路との交点が震源地域ということになる。


図3 東日本大震災地震発生前のVLF(24.8kHz)電波伝搬観測データ
〔提供:早川正士氏〕

これらの観測に用いられているVLF/LF帯の受信アンテナは、波長に比べて極めて短い全長2m程度の垂直ダイポールアンテナであり、電気通信大学(東京都調布市)のビル屋上に設置されたアンテナおよび伝成館(北海道中標津町)に設置されたアンテナを図4に示す。使用している受信系は、プリアンプの後に96kb/sサンプリング、16ビット符号化のサウンドカードでパソコンに取り込みソフトウェア処理を行うもので、いわゆるSDR(Software Defined Radio)受信機である。GPS衛星からの高精度周波数に同期した信号によって乗積検波の精度を高め、受信帯域幅は100Hzである。これらの受信系と観測データ(振幅、位相)の画面例を図5に示す。


図4 電気通信大学の観測アンテナ(左)、および伝成館の観測アンテナ(右)
〔提供:芳原容英氏〕


図5 VLF/LF電波伝搬観測の受信系(左)と、受信信号の表示画面例(右)
〔提供:芳原容英氏〕

3.アマチュア無線による観測の可能性

地震の前兆として生じる電波伝搬異常の観測は、日常的に電波伝搬の状態に関心を持ち、スポラディックE層などを利用して長距離通信を行っているアマチュア無線家にとり、興味深いチャレンジの対象と思える。これまでの研究で実証されてきた有力な観測法は、VHF帯でのFM放送波の電波伝搬異常を捉える方法と、VLF/LF帯での電波伝搬異常を捉える方法であり、いずれもアマチュア無線との親和性が高い。まずは、現在行われている観測方法に従って、アマチュア無線家の立場で追試をして観測技術をマスターする必要があるが、次のステップとしてはアマチュア無線バンドを用いた観測用電波の送信を行うことにより、現状の弱点を補うことも可能になるものと思われる。アマチュア無線家が協力することの利点は、潜在的に極めて多く観測点を設置できる可能性があり、いわゆるビッグデータ解析の効果が高まることである。それにより、日本の地震予知の確度を上げることが出来れば、アマチュア無線の社会貢献としての意義が大きい。

FM放送波の電波伝搬異常を捉える方法については、すでに國廣秀光氏(JH6ARA)ら地震予知に関心を持つアマチュア無線家により「アマチュア無線家の地震予知研究会(JYAN研究会)」が4年前に発足し、実際に地震前兆現象の観測に取り組んでいる[7]。この研究会では、大分県を中心に西日本から関東にかけての20の観測局によりFM放送80波を受信し、インターネットによって観測データを交換する観測網を構築しているとのことである。VHF帯の観測においては、FM放送局の周波数が全国複数局で共用されていることによる震源地域の特定が難しいという問題に対して、アマチュア無線を活用すれば、独自のビーコン局を設置して解決することが出来る。その場合、観測に適した周波数は50MHzバンドであろう。このバンドは周波数範囲が比較的広いことから、実験・研究用の52.9~54.0MHzの一部に電波伝搬観測用の周波数を確保することが容易であり、その気になれば全国に異なる周波数のビーコン局を計画的に設置出来るであろう。因みに現在は、国内の50MHz帯ビーコン局としてJARLが設置しているJA2IGY(50.01MHz、伊勢市朝熊山)が1局あるだけである[8]。また、VHF帯の別の問題であるスポラディックE層反射や対流圏散乱による伝搬との切り分けについても、広く普及しているアマチュア無線Webクラスターの情報を利用することで、地震前兆に伴う伝搬を特定して抽出することが可能ではないかと思える。いずれにしても、多くのアマチュア無線家による実際の観測経験を持ち寄りノウハウを積んでいくことが期待される。

VLF/LF帯の電波伝搬については、早川正士氏・芳原容英氏らは10kHz~40kHzの国内外の送信局を用いて観測を行っているが、前述したように利用できる送信局が少なく観測できる伝搬路が限られてしまうことが問題であろう。同様の観測がLF帯の高い周波数域でも可能であることが実証できれば、多様な伝搬路の観測が可能となり、震源地域の特定精度が高まることになる。ITU第一地域(欧州、アフリカ、旧ソ連邦)のラジオ放送にはLF帯(148.5~283.5kHz)も割り当てられていることから、欧州ではこれらのラジオ放送波を用いた地震前兆現象の観測が行われているそうである[6]。シベリアやモンゴルには、夜間に日本でも受信可能なラジオ・ロシアのコムソモリスク局(153kHz)、ベロゴルスク局(189kHz)、マガダン局(234kHz)、ユジノサハリンスク局(279kHz)、あるいはラジオ・ウランバートル(164kHz)などのLF帯放送局があるので、それらを利用してVLF帯と同様の観測が可能かどうか検証してみる必要があろう。最近のHF帯トランシーバーの受信機はLF帯から受信出来る機種が多いので、手始めにJJYの2局(40kHz, 60kHz)を含めてこれら放送波の信号強度を確認してみることは容易であろう。

さらに進めて、VHF帯の場合と同様にアマチュア無線用の136kHzバンド(135.7~137.8kHz)を活用して、観測用のビーコン局を設置することも可能性があろう。このバンドに許容されている送信電力はEIRP(等価等方輻射電力)1W以下であるが、QRSS(超低速キーイングCW)やDFCW(Dual-Frequency CW)などを用いて超低速でコールサインを付したビーコン信号とすることで、受信帯域幅を徹底的に狭帯域化すれば、通常のCW受信機より30dB以上の感度向上が可能であることから実現性は十分考えられる[9]。なお、地震予知の社会的重要性が認められれば、ビーコン局に限って送信電力の大出力化が許容されるようにすることも不可能ではないだろう。その場合、上記のLF帯ラジオ放送波を用いても手薄となる部分を補うのに有効な場所を厳選する必要があるが、例えば図6のように根室、小樽、能登半島、沖縄、小笠原に設置すればかなり充実したメッシュ状の電波伝搬観測網が構築できることになる。また、限られた136kHzバンドの周波数を有効に利用するには、国際ビーコンプロジェクト(IBP:International Beacon Project)が世界規模のHF帯ビーコンで行っているように、単一の周波数によってあらかじめ定められた時間間隔で各ビーコン局の電波を順次発射するようなシステムとすることも考えられる[10]。全国のアマチュア無線家が協力してこれらのVLF/LF帯の電波伝搬観測を試みることで、多数の伝搬路の観測データを収集することが可能になる。これらVLF/LF帯の微弱な受信信号の測定には馴染みのなかったアマチュア無線家が多いと思われるが、最近はSDR(Software Defined Radio)技術を用いた10kHz程度から数10MHzあるいは数GHzまでをカバーする広帯域受信機や、SDR受信機キットなどが普及しはじめており、これらを用いることで比較的容易に取り組める状況になっている[11, 12, 13]


図6 アマチュア無線バンド(136kHz)ビーコン局の設置案

4.あとがき

これまで地震予知は極めて困難と見なされてきたが、前兆として種々の電磁気現象を早期に捉えることで短期予知が可能な状況になりつつある。種々の方法の中で、電波伝搬異常を観測する方法は予知の実績をあげている。VHF帯ならびにVLF/LF帯の観測は、アマチュア無線家の電波伝搬についての知識や経験を活かしてチャレンジするのに相応しい対象である。全国に在住している数多くのアマチュア無線家が観測に協力することは、観測データを飛躍的に増やし地震予知の確度を高める上で重要な切り札となろう。VHF帯ないしはLF帯においてアマチュア無線バンドの送信電波が電波伝搬観測に有効であることが分かれば、JARLの協力も得てビーコン局を設置し新たな観測系を作ることにより、現在行われている観測網の弱点を補うことができる。これらの取り組みが実現すれば、アマチュア無線の重要な社会貢献活動に発展する可能性を十分秘めている。

参考資料
[1] 上田誠也, "地震予知はできる", 岩波書店〈岩波科学ライブラリー〉 (2001).
[2] 早川正士, "地震は予知できる", KKベストセラーズ (2011).
[3] 串田嘉男, "地震予報", PHP新書 (2012).
[4] 森谷武男, "地震予報のできる時代へ―電波地震観測者の挑戦―", 青灯社 (2009).
[5] Fukumoto, Y., M. Hayakawa, and H. Yasuda, "Reception of over- horizon FM signals associated with earthquakes, Seismo Electromagnetics", Lithosphere- Atmosphere- Ionosphere Coupling, Edited by M. Hayakawa and O. A. Molchanov, TERRAPUB, Tokyo, pp.263-266 (2002).
[6] 早川正士, "VLF/LF送信局電波による地震予知研究の成果と最新動向", RFワールド, No.13, pp.105-117 (2011).
[7] 國廣秀光, "~ハム仲間が電波観測で地震予測研究を展開~地震予測で命の安全を!", CQ ham radio, Vol.68, No.10, pp.66-70 (2013).
[8] "JARLビーコン局", 日本アマチュア無線連盟Web.
http://www.jarl.or.jp/Japanese/1_Tanoshimo/1-6_beacon/
[9] "QRSS, FSKCW & DFCW modes", SV8GXC - Ham radio in QRP, QRPp & QRPpp levels...
http://sv8gxc.blogspot.jp/
[10] "IBPビーコン局の活用方法", 日本アマチュア無線連盟Web.
http://www.jarl.or.jp/Japanese/1_Tanoshimo/1-6_beacon/ibp.htm
[11] "RTL-SDRではじめるソフトウェア受信", 別冊CQ ham radio QEX Japan, No.8, Autumn, pp.25-41 (2013).
[12] "らくらく!SDR無線入門", RFワールド, No.22, pp.8-76 (2013).
[13] "ワンセグUSBドングルで作るオールバンド・ソフトウェア・ラジオ", CQ出版社 (2013).

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