2013年7月号

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テクニカルコーナー

EMEにチャレンジ (1)

編集部

はじめに

EME(Earth-Moon-Earth 月面反射通信)という言葉を聞いただけで、「困難な通信」という印象をお持ちの方は多いと思います。さらに電信のスキルがないと通信できないとお思いの方もいらっしゃると思います。確かにかつて(10年以上前)のEMEはその様な状態でした。巨大アンテナ、高出力リニアアンプ、高性能プリアンプ、月を正確に追尾する装置などの設備に加え、電信の技術、さらには1アマの資格とハイパワー免許も必要で、ごく一部の局によって運用されている様な状況でした。

しかし、微弱信号通信用ソフトウェアWSJT(写真1)の登場よって状況が一変し、少なくとも受信については、ハイパワー免許も不要なため、以前と比べるとEMEを実現するハードルがかなり下がっています。今回は、まず月からの電波(正確には世界各国から発射され月面で反射した電波)を受信する方法について説明します。


(写真1) WSJTは3つのウインドウから構成される。左下がメインウインドウ。

はじめに、一般的にEMEが行われているバンドは、50MHz帯~24GHz帯ですが、概ね世界全体のEMEer の7~8割は144MHz帯で運用しています。すなわち、EMEの入門バンドは144MHz帯となっており、144MHz帯で始めることが、EMEを成功させる早道です。

筆者は約7年間の運用で、異なる600局以上と合計1100QSOを144MHz帯で行っています。アンテナは11エレ八木4本です。実際には受信できても交信に至らなかった局も少なくないので、受信だけなら800局を優に越えていると思います。日本では、日頃から144 MHz帯でEMEを運用しているのは10数局ですが、世界では多数の局がオンエアしていることが分かると思います。

つぎに運用モードですが、かつてはCWが主流だったEMEは、現在ではデジタルモードのJT65が主流で、特に144MHz帯ではほとんどのEME QSOがJT65Bモードで行われています。このため、EMEを行うのに電信のスキルはもはや必須条件ではなくなっており、普段から電信を運用していない方でも気軽に始めることができます。一方144MHz帯でのCWによるEMEは日頃あまり行われておらず、コンテストなどの特別な日を除くと、今では相手を探すのが困難と言えます。

受信に必要な機材

EMEの信号受信を行うのに必須となる主な機材は下記の3つです。すでに手持ちの機材で全部揃っている方もいらっしゃると思います。
・144MHz帯のSSBが受信できる無線機(受信機でも可)
・144MHz帯用のビームアンテナ
・パソコン

まず、無線機については、144MHz帯のSSBが受信できるものであれば使用できます。144MHzのシングルバンド機、VUオールモード機、HF+VU機なんでも構いません。もちろん、受信機やHF機+受信コンバーターでもOKです。これから入手するという場合であれば、SSBモードでも受信帯域幅を可変できるDSPの載った無線機がベターです。帯域の可変によってS/Nを改善できるため、S/N1dBの改善でQSOの成功に繋がることのあるEMEでは、クリスタルフィルターなどで受信帯域が固定された無線機より有利だからです。手頃なところではIC-7100、将来的にQSOにもチャレンジする場合は、EME用に出力アップも可能なIC-9100(写真2)などがあります。


(写真2) DSPによって受信帯域幅を可変できるIC-9100

プリアンプについては、必須ではありませんが、手持ちのものがあればぜひ活用して下さい。アンテナ直下型タイプがベストです。必須ではないと書いた意味は、将来QSOを目指す際、プリアンプを入れなければ受信できないような微弱信号だと、こちらから低出力で応答しても、コールバックのある確立は極めて低いからという理由です。もちろん、プリアンプを使用するに超したことはありません。

アンテナ系統

次にアンテナですが、デジタルモード(JT65)でのEMEが主流の今、かつてのように、八木16本とか八木8本は必要ありませんが、あまり小型のアンテナだとさすがに月からの電波は受信できません。確実にEMEの受信を成功させるためには、ブーム長が2波長(4m)以上の八木(写真3)を2本用意して下さい。もちろん自作品でも構いません。


(写真3) ブーム長4.9mの11エレ八木を2本使用した例。

この場合、重要なのはエレメント数ではなく、ブーム長です。そのため、4m以上のブーム長があれば、8エレでも、10エレでも12エレでも構いません。エレメント数が多くなれば、アンテナの使用帯域が広がりますが、EMEに使用するのが目的の場合、144.100~144.150MHzでのSWRが十分に下がっていれば、たとえ145MHz台で使用できなくても問題はありません。

では、ブーム長3mの八木2本では受信はできないか、という事になりますと、コンディションが良いときに、ターゲットをビッグガンに絞れば受信可能です。さらにブーム長が3m未満でも受信は不可能ではありませんが、かなり困難になってくると同時に、受信に技術を要するようになり、敢えてチャレンジするというケースを除き、初心者にはお勧めしません。なお、シングル八木でチャレンジする場合は、目安としてブーム長が4波長(8m)以上のロング八木をご用意ください。また、同軸ケーブルの減衰量にも注意し、長尺になる場合は減衰のより少ない太いケーブルを使用してください。

アンテナの偏波については、EMEの場合、時間と共に偏波が回転するので水平でも垂直でもどちらでも構いませんが、八木2本の場合は垂直偏波の方が設置が容易で、かつ地上波での通信に使用するのにも有利なのでお勧めです。逆に本格的にEMEを始める場合は、地上波からの混信や抑圧を少しでも排除するために、水平偏波をお勧めします。

次に回転系ですが、月の動きはゆっくりですのでローテーターは必須ではなく、手回しで十分に追尾可能です(写真4 )。方位角と仰角が両方可変できるように設置して下さい。庭先や移動先でアンテナを仮設するといった方法でもEMEの受信は楽しめます。要は月が見えていればよいので、アンテナの地上高を高く設置する必要ありません。逆にアンテナをあまり高く設置すると、近接した地上波による混信や抑圧を受けやすく不利になることがあります。八木2本を手回し追尾の場合は、15~20分に1回程度の方向微調整で十分に対応可能です。


(写真4 ) 手回しでEMEにチャレンジしているJA3BIN局の2×7エレ(ブーム長は2.4m)。 約1年間の運用で20局以上の受信に成功している。

既設のタワーなどにアンテナを設置する場合はローテーターを使用することになりますが、仰角ローテーターが無い場合でもEMEは可能です。月の出付近と月の入り付近の時間を狙うことで、アンテナの仰角をつけることなく、方位角のみを合わせることで月からの電波を受信可能です。ブーム長4mの八木2本程度であれば半値角が狭くないので、仰角ローテーターなしでも最大で仰角0度~20度くらいまで受信対応できるようです。そのため月の出に約2時間、月の入りに約2時間の毎日4時間程度楽しめます。

パソコン

最後にパソコンですが、EMEに使用する通信ソフトであるWSJTは、ハイスペックなパソコンを要求していません。本格的に運用するのであれば、デコード結果が早く出る複数コア仕様のCPUをお勧めしますが、まずは受信にトライといった段階であれば、WindowsXPが普通に動作する程度のもので十分に使用可能です。よって普段使いのものを流用して下さい。なお、パソコンの内蔵時計は、いつもその日の運用を始める前に誤差1秒以内に合わせてください。この時計合わせはJT65モードの運用に極めて重要です。

パソコンには、WSJT(2013年7月現在の最新版はv9.5)をインストールし、パソコンと無線機を市販もしくは自作のデジタルモード用インターフェースなどで接続して下さい。すでにPSK31やSSTVなどを運用している場合は、そのインターフェースがそのまま使用できます。もちろんIC-7100あるいはIC-9100の場合はUSBケーブルでの接続でOKです。なお、受信だけであれば、無線機のスピーカージャックとパソコンのマイクジャックを、2芯ケーブルで接続する方法もあります。


(写真5) WSJTのホームページ: http://physics.princeton.edu/pulsar/K1JT/

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