2013年7月号

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アマチュア無線への思い


JA1CIN 三木哲也
(公益財団法人 日本無線協会)

第4回 CW通信の魅力

1.まえがき

無線通信の黎明期、船舶航行や軍用に不可欠な先端技術であったモールス無線通信が急速に発展していた1910年頃から、個人的な関心から無線機器の製作や無線通信実験にチャレンジするアマチュア無線が芽生え、既に100年の歴史が刻まれてきた。当初のモールス無線通信(CW通信)は、その後の目覚ましい技術の発展によって多様な無線通信が出現した結果、業務用通信の世界では極めて限定的にしか使われなくなってしまった。しかし、アマチュア無線におけるCW通信は、その効用も明確であり趣味ならではの魅力ある通信モードとして多くの人に愛され、文化的価値を高めていくものと考えられる。 今回は、モールス電信について書いてきた締めくくりとして、CW通信の魅力の源泉について考えてみたい。

2.技術的効用の魅力

そもそもアマチュア無線通信の喜びの一つは、遠距離の見知らぬ人達と交信することにある。そのような交信の機会を得るには、交信相手との間で電波が伝搬する状態にあることが基本ではあるが、その上で送受信機やアンテナの性能など技術的要素が大きいことは言うまでもない。すなわち受信機の性能(S/N比(信号対雑音比)など)が良い、送信機の出力電力が大きい、アンテナ利得が大きい、周辺に電波をさえぎるものが無く外来雑音が少ない、といった要素がどれだけ揃うかに強く依存している。そしてもう一つ重要な要素が通信モードである。

通信モードとして電話がポピュラーではあるが、それと比べてCWは技術的特長が多いことから、その特長が魅力の源泉となっている。具体的にその特長と将来の可能性を探ってみよう。

(1) CWは小さい送信電力でも遠距離と交信できる
アマチュア無線でポピュラーな電話通信モードのうち、SSB(Single Side Band)は最も狭帯域であり遠距離通信に適している。通常は、2.5kHz程度のフィルターを通して受信する。音質を確保するには、信号が強く受信出来ていれば、帯域の広いフィルターを使う方が聞きやすい。因みに、NTTなど通信事業者の電話回線の帯域は3.4kHzである。2.5kHzのフィルターでも受信出来るのは、人間の声のスペクトル(周波数成分)は100Hzから2kHzあたりに主要な成分があり、それより高い周波数成分は徐々に減っていくため、高い周波数が再現できなくとも音声の基本的な部分は再現できることによる。

さて、雑音に埋もれそうな遠距離の弱い信号を受信している時、受信信号の了解度を上げるには雑音を如何に減らすかが鍵である。受信される雑音の電力は受信帯域の広さに比例する。したがって、通常の電話回線の帯域3.4kHzとアマチュア無線で通常使う2.5kHzを比較すると、2.5kHzの場合は受信される雑音電力が1.36分の1に減る。一方、受信される音声信号の電力はほとんど変化がないことから、S/N比が1.36倍すなわち1.3dB改善される。2.5kHzのフィルターを使うことで、3.4kHzの帯域に比べて音質は若干悪くなっているがアマチュア無線において重要な了解度は改善される訳である。なお、電話信号受信時の了解度(メリット)と受信信号のS/N比との関係は、了解度5, 4, 3, 2に対してS/N比35dB, 25dB, 15dB, 10dBがほぼ対応すると言われている。S/N比が25dB以上あれば良好な状態であるが、10dB付近では了解度2〔ほとんど聞き取れない〕であり交信は困難となる。

では、電話SSBモードとCWモードの比較はどうだろうか。CWの受信には250Hz のフィルターを使用するのが一般的である。すると、2.5kHzのフィルターで受信するSSB信号に比べて、CW受信時の雑音電力は10分の1となり、S/N比は10倍、すなわち10dB改善される。より狭帯域のフィルターを使えばさらに改善されるが、250Hz程度のフィルターが良く使われているのは何故であろうか。CW信号のスペクトルはモールス符号のオン・オフ波形に依存するが、送信速度120字/分程度の欧文CWであれば主要なスペクトルは100Hz内に大半が収まる〔注〕

〔注〕 欧文モールス符号1文字の符号長は、短点を1単位、長点を2単位とすると〔平均4.51+標準偏差(σ)0.23〕単位であり[1]、120文字/分は毎秒2文字に相当するので、2σまで考慮すると毎秒10単位のパルス伝送となる。最も高い周波数を発生する短点が連続した場合のスペクトルを考えると、繰り返し10Hzのパルス伝送に相当し5次高調波までを考慮すると、そのスペクトル幅は両サイドバンド合計で100Hzとなる。

これに加えて、送信周波数の変動および受信機ローカル発信器の周波数変動を考慮する必要がある。送信機、受信機それぞれの周波数安定度(交信中の周波数変動分)を1ppm(parts per million、百万分の1)と仮定すると、最悪2ppm、50MHz帯では100Hzの周波素変動となる。受信フィルターは、CW信号のスペクトルと送受信機の周波数変動分をカバーする必要があるため、この例では最低でも200Hzは必要ということになる。さらに早いスピードのCW運用も考慮すると、250Hz程度のフィルターを利用するのが適切であることが分かる。

CWで雑音に埋もれそうな弱い信号の局と交信する場合は、送信符号速度を下げて確実に受信して貰うように務める。このような場合に、受信機のフィルターとして例えば125Hzのフィルターを利用したとすると、S/N比を2倍すなわち3dB改善することができる。さらに、CW交信における了解度に対応する必要なS/N比は、電話交信における場合より小さい値となる。その差についての裏付けのあるデータを筆者は知らないが、経験的には3dB程度の差があると言われている。そのため、CWモードはSSBモードに比べて13dB以上有利ということになる[2]。Sメータがまったく触れない微弱なCW信号でも受信できるのは、このような技術的理由による。電話だと100Wの送信機でないと交信が出来ない局と、CWであればわずか5Wの送信機で交信できるのである。

この特長はコンテストにおいて遺憾なく発揮される。国際的なコンテストでは、限られた時間内に交信した局数と地域数を競うものが多い。その場合、遠距離の局や送信電力の小さい局とも出来るだけ数多く交信できることが重要である。ARRL(アメリカのアマチュア無線連盟)が主催するARRL International DX Contestは、全世界のアマチュア無線家が参加する有名なコンテストの一つであるが、毎年2月第3週の週末にCWのコンテスト、3月第1週の週末に電話(Phone)のコンテストが行われる。ルールは同一であり、開催日も近いので通信モードの違いを比較するのに好都合である。別の日の開催であるため、もちろん電波伝搬の状況や参加局数などに違いはあるが、何年かに渡ってその結果を調べると両通信モードのスコアの違いを把握できる。両コンテストには多くの部門があるが、シングルオペレータのLP(低送信電力)部門とQRP(超低送信電力)部門に着目する。その理由は、信号強度の弱い場合の両通信モードの差異を見るのに適当な部門であると考えたからである。過去3年間の各部門トップ3局のスコアは表1のようになっている。


表1 ARRL International DX コンテストにおけるCWとPhoneのスコアの比較
〔注〕SO:シングルオペレータ   LP:低送信電力(<150W)   QRP:超低送信電力(<5W)

CWコンテストと電話コンテストの対応する部門のトップ3局のスコアの合計値によってCWと電話を比較すると、やはりCWのスコアが電話のスコアに対して勝っていることがわかる。粗っぽく言えば、CWが電話に対して平均的に約2倍有利であると言えよう。また、LP部門とQRP部門を比較すると、QRP部門においてCWの優位性がより大きいと言えよう。このような事実から「CWは小さい送信電力でも遠距離と交信できる」という技術的優位性が裏付けられる。この優位性がアマチュア無線にとってCWの最も大きい魅力となっている。

(2) CW送信機はシンプルである
CW通信は、モールス符号によって電波をオン・オフする極めて単純な方式であることから、送信機の構成はシンプルである。そのためCW送信機の製作は、送信電力が小さいものは特別な部品も必要とせず比較的容易であり、製作記事も数多く出されている[3, 4, 5, 6]。これらの内CQ ham radio誌の2009年7月号の特集「~付録基板を使って~7MHz CW送信機を作ろう」では、今井栄氏(JF1RNR)の7MHzのCW送信機(愛称:鮎40)の製作に用いる回路基板が付録として配布されたことで、小出力電力CW送信機の製作機運を高めた[5]。多くの人がその回路基板を用いて製作した結果や、使いやすくする工夫などをWebで発表している。その一つで、冨川寿夫氏(JE1UCI)が週刊BEACONのエレクトロニクス工作室No.65で紹介している回路図を1に示す[6]


図1 7MHzCW送信機の回路図(提供:icom週刊BEACON誌)[クリックで拡大]

このように回路はシンプルであり、これを組み立てることで各部の動作も良く理解することができ、無線回路技術を習得する教材としても適している。このような小電力CW通信用の送信機やトランシーバの自作に適したキットが近年数多く市販されており、比較的安価に入手できる。市販されている主なCW送信機・トランシーバのキットを2に示す。最初の7MHz CW QRP送信機製作部品は、上記のCW送信機(愛称:鮎40)用の部品キットである。これらのキットを利用して送信機を製作、あるいは自ら設計し部品を取りそろえて製作することは、その過程自体が大きな楽しみである。さらに加えて、自作機を用いて実際の交信に成功したときは計り知れない感動が得られる。CWは無線通信技術としてシンプルである故に、このような魅力を備えていると言えよう。


表2 市販されている主なCW送信機・トランシーバのキット

(3) 今後の技術的チャレンジ
アマチュア無線の一つの形態である月面反射通信では、月面に反射して地球に戻ってくる微弱な信号を受信しなければならず、可能な限りS/N比を改善することが求められる。そのためCW通信ではあるが、大がかりなアンテナを用いてアンテナ利得を大きくすることは勿論のこと、受信機のフィルターを極力狭帯域にして雑音信号を減らすようにする。そのためには、前述したようにモールス符号の送信速度を下げなければならない。通常の250Hzの帯域幅を10分の1にして25HzのフィルターにすればS/N比をさらに10dB上げることができるが、1文字の符号の送信に数秒かけるような低速で送信する必要がる。このように、時間をかけて通信することで、微弱な信号でも通信ができるのである。太陽圏外の宇宙を飛行する人工衛星と通信するのも、高度な誤り訂正符号を使ってはいるものの基本的には符号伝送速度を下げることでS/N比を確保して通信を可能にしている訳である。

アマチュア無線においても、このような微弱な信号での通信にチャレンジすることが始まっている。PSK31(31.25ビット/秒のPhase Shift Keying)も、30Hz程度のフィルターを用いるため同様に微弱信号での通信が可能であるが、データ伝送であるため人の知覚によるCW通信の趣は無くなってしまう。通常のモールス符号による超低速度CW通信として、QRSS(モールス通信Q符号の「さらに低速のキーイング」を表すQRSに、Sを付加して強調し「超低速」の意味)と称する技術が10年ほど前に出て来た。QRSSは、モールス符号で1文字を数秒ないし数10秒かけて伝送するものである。

受信機では、例えば2.5kHzの帯域を5.5kHzでサンプリングし16ビット/サンプルのデータとしてそれを16,384 ポイントのFFT処理することで、分解能0.3 Hzのスペクトルアナライザー(0.3Hzのフィルター相当)観測を行う。これにより、2.5kHz帯域に比べてS/N比を約30dB向上させるだけの効果が得られる。非常にゆっくりしたモールス符号であることから、音響によらずPC画面上のCW信号スペクトルを時間的に追うことで視覚的にモールス符号を解読することになる。2002年3月10日に、WØCH局とAA4XX局は、10MHz帯にて各々50μWおよび100μWの送信出力にて、短点を1分かけて送る超低速CW通信によって892マイルの交信に成功したことが伝えられている[7]

このように、最新の信号処理技を駆使することで、新たなCW通信の可能性が他にもあろう。例えば、QRSSを隣接する複数の周波数で同時に送信することで、実効的に通信速度を高めるチャレンジが考えられる。ただし、この案は周波数多重伝送になることから、局免許の申請・変更上の検討も必要となろう。

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