2014年7月号

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連載記事

防災とアマチュア無線

防災士 中澤哲也

第5回 米国のアマチュア無線における「非常通信」 (2)

前回では1927年のサンディエゴ集中豪雨災害時の非常通信まで見てきました。その後はどのように変化したのでしょうか。

前回紹介しました、QST 1929年3月号の記事に基づく調査資料中の“天災地変に際しアメリカ合衆国の陸軍通信隊と「アマチュア」無線との通信連絡組織”の内容には、大規模自然災害の例として、『「ヴァーモント」ノ大洪水及ビ「フロリダ」の暴風雨』が示されています。「フロリダ」の件は前回で触れました。では例として示される程の大規模災害であった、と考えられる「ヴァーモント」の件は…?と調べました。

やはりQSTに大きく取り上げられていました。1928年1月号の“The Communications Department”というコラム、当時の米国政府組織名称ですが、邦訳すれば「通信省から」でしょうか。ここに“Amateur Radio Work in New England Flood”(ニューイングランド大洪水でのアマチュア無線家の活動:筆者訳)というタイトルで陸軍第1通信区予備役中尉通信士アマチュア無線担当調整官のDavis S. Boyden氏と、海軍第1軍管区予備役志願通信予備役中尉Robert D. Russell氏が3ページにわたり詳細に報告しています。

ご存知の読者は何の疑問もないところですが、「ヴァーモント」の話なのに「ニューイングランド」とは?と思われる読者に説明します。「ニューイングランド」は日本でいうと「東北地方」など、地域の総称として用いられるもので、米国北東部6州(コネチカット、ニューハンプシャー、ヴァーモント、マサチューセッツ、メイン、ロードアイランド)を指すものです。

この大洪水は1927年11月2日にキューバから南北カロライナ州方面へ北上した熱帯低気圧によるものです。翌日勢力を増しながら米国東海岸沿をそのまま進みました。これよりバージニア州ハタラス(ハッテラス)岬からマサチューセッツ州西部、ヴァーモント州中部までニューイングランドに甚大な被害を及ぼしました。嵐は豪雨をまねき洪水をひきおこし、被災地のすべての有線通信網を寸断し生命や財産に莫大な損害を与えました。100名を超える死者が出たようです。

陸海軍とも予備役を招集しました。その中には多くのアマチュア無線家も含まれていました。陸軍アマチュア無線ネットワークを含む多くのアマチュア無線家は、被災地の救援活動に協力し、被災地とのその周辺地域で通信網を形成し救援組織に提供しました。有線通信網が復旧するまでの3週間、アマチュア無線家は通信を続けました。記事では大洪水の状況と、各地で大量の電文を取り扱ったアマチュア局の様子を記しています。(この当時も前号で紹介したフロリダの災害時と同様にアマチュア局のコールサインにはプリフィックスはありません)

この洪水被害への対応により、陸軍とアマチュア無線家の協力その仕組みがスムーズに機能しないことがわかりました。このことから得られた提言があります。

1. 通信区のアマチュア無線ネットワーク統制局とメッセージセンターは通信区の通信士の指示に従ってください。
2. 陸軍が管理する周波数(チャンネル)と通信は被災地で運用する局に許可されます。
3. 全ての通信は通信区のアマチュア無線ネットワーク統制局を経由してください。
4. 被災地の局と通信をしようとする局は統制局の許可を受けてください。メッセージセンターへの送信も同様です。
5. 非常通信に従事しない局は送信しないでください。
6. 被災地の局に近い局は彼らが必要とする運用や機器の提供をしましょう。
7. 実用的な運用は80mバンドです。
8. 被災地の局はAP通信※のための無線局の傍受、コピーのために適宜ニュース速報を送信してください。
9. 被災地ではない都市の、軍、消防、警察、電信電話局はそれらの都市のアマチュア無線局に通知されます。
10. 非常時に補助電源を使用可能とすることと、それらの入手を確実にしておくこと。
11. 非常通信を扱わないすべての局は受信をし、メッセージの速やかな配信を可能にすること。
12. 非常通信に従事する局であっても同様に非常通信に従事する他局に妨害を与えてはならない。

※AP=Associated Press 米国の大手通信社

これらは大規模災害発生時の非常通信のあり方を考えさせるもので、当時の特徴的な部分としては8.があります。その当時は新聞が今日よりはるかに影響力の強い有力な情報手段であったので、特にあげられた内容だと考えられます。

今回は軍の枠組みの中でアマチュア局を含めた最初の経験となった大規模な非常通信でしたが、あまり効果的ではなかったようです。通信区をまたぐ場合の取り決めもないままでは、任務の実行は非常に困難とする考え方もあります。一方、洪水からの復旧に従事したアマチュア局の活動については、この記事中に具合的に取扱い電文数も書かれていて評価対象とみられます。(このような大規模災害発生時には)陸軍通信隊は軍とアマチュア局との一体化が必要とみなされます。

この大規模災害は、結果的に政府に非常通信を担う構造についての必要性に大きな焦点をもたらし、これより陸軍アマチュア無線システムのみならず、赤十字をも含めたものに修正する動きとなりました。

 
QST 1928年1月号 (クリックで拡大します)


(クリックで拡大します)

このような記事があれば、いやでも非常通信に関する注意が大きくなります。その注意を持続する目的のためか、同じ1928年のQST4月号には“ARRL EMERGENCY STATION”という横断幕を張った、いかだの上にエンジン発電機をそなえ、無線機をおいたデスクにオペレーターが、またその少し後ろにタイピストがいるイラストが表紙になっています。


QST 1928年4月号 表紙
(クリックで拡大します)

ご覧のように、発電機らしきものが描かれているものの、同時に照明用のオイルランプが描かれており、時代を感じるイラストです。その後の米国のアマチュア無線における非常通信については、QSTの年間目次を見ていけば、おおよその内容を知ることはできるかと思います。国土が広いためか、毎年のようにどこかで自然災害が起こり、アマチュア無線が困難な状況下奮闘している様子が見てとれます。

1930年代半ばになると、アジアでは日中戦争が始まり、満州国が建国され我が国がワシントン海軍軍縮条約を廃棄するなどの流れがあり、欧州ではヒトラーがドイツ首相になりヴェルサイユ条約の軍備制限を破棄するなど国際間の緊張が高まっていきました。

このような時代背景の中、1935年に”ARES”(Amateur Radio Emergency Service)が発足しています。QST同年9月号で“A.R.R.L. Emergency Cops””のメンバー募集が呼びかけられ、QST同年11月号でメンバーが記載されています。そこには全米各地の個人、スタンフォード大学のクラブを含めクラブ局のみならずカナダの局もあります。そこには会員証も掲載されていますが、“QRR”の文字と共に被災した鉄道線路が描かれているのが興味深いところです。QST 1936年3月号にも新たに加わったメンバーのリストが掲載され、そこにはメキシコの局も含まれ、153局に至ったとあります。

QSTから少し視点を広げましょう。ARRLより1935年に出版された“The Radio Amateur’s Handbook 1936”には運用の項に“Emergency Work-QRR”という記事があり、ここでは緊急事態の発生前/発生中/発生後に分けて注意事項が記されています。

【緊急事態発生前】
・移動用無線機と緊急用電源の準備
・一定期間毎のテストとメンテナンス
・非常時に自分の無線機によるアマチュア無線の技量による有用性について地元の関係筋、行政に説明しておくこと。

【緊急事態発生中】
<確認>
無線局の運用可能な状況について確認し、その無線局設備を使うことの出来る全ての人のために提供せよ。もし可能ならARRLの担当へ通知せよ。

<QRR>
“QRR”はARRLの公式な陸上における“SOS”非常時のみに使用される遭難呼び出しであり、援助(救助)が必要か尋ねられた局のみが使用するためのものである。

<統制局>
緊急事態発生地(被災地)の統制局は非常通信初期の通信ルートのために最高の権限を有するものである。
一般公益(救援計画、食糧、医薬、生活必需品)についてのメッセージが優先される。

<協力>
全てのアマチュア無線家の協力が必要である。無駄なCQを出して混乱させてはならない。
殆どのアマチュア無線家は混信を回避するために聴取、(自局に対する)呼び出し待ちをせねばならない。
手助けする準備をせよ。
できるかぎり聡明に運用せよ(慌てずに落ち着いて運用しよう、との意味:筆者)
生死に関わる情報や救助手段に関わる情報が取り扱われている間は聴取を続けることに協力せよ。もしあなたがその業務中であれば手助けすることができる。
(被災地へのCQは混信を拡大するにすぎない(なので止めよう))

【緊急事態発生後】
すみやかにかつ詳細にARRLへ報告せよ。それでアマチュア局は名誉を得る。1919年以来45件の大規模災害におけるアマチュア局の通信が賞賛を得ている。この状況を保とう。

またこのhandbookでは、“A.R.R.L.’s Emergency Corps – Join Now”というタイトルで、「非常通信隊」と訳せば良いのでしょうか、この組織の説明とメンバーの募集がなされています。この中でARRLは特に非常用電源の重要性について強調しており、募集についても(1)非常電源を有する無線局、(2)サポート部門とに分けています。この募集告知には隊員カードも掲載されていますが、被害を受けた鉄道線路の絵に“QRR”の文字を重ねた図案になっています。裏面には通信方法の要約が記載されています。目標として「全てのコミュニティに非常通信が運用できる(設備・技量を有する:筆者注)アマチュア局を!」との記載、あるいは「勇敢なハムよ、その役目を果たそうではないか!(筆者訳)」などのフレーズが続き、応募を煽っています。このような表現が成される事は、その時代背景を考えれば、自然災害のみならず「あらゆる国難に備える」意味でその募集と運用が急がれたのではないか、と思われます。

  
(クリックで拡大します)

先に進みます。
QST 1938年11月号には、“Amateur Radio Bests Triple Catastrophe”というタイトルで写真9点を含め約9ページにわたり大規模災害発生時のアマチュア局の活躍ぶりが書かれています。気になるのはタイトルにある単語で、日本語でいう「災害」は一般には“Disaster”の単語が使われると思いますが、今回は“Catastrophe”「大災害」と、よりダメージの大きな様相を表す言葉が用いられていることです。これは、1938年9月ハリケーン(の強風)、高潮、洪水という3つの要素により、人的被害だけでも死者・行方不明者数合計が600名とも800名ともいわれる当時最大級の被害が生じたことを表現しています。ニューイングランドは前掲のよう1927年にも大きな被害を被っているので、精神的にも大打撃であったことが理解できます。それがために今後の自然災害発生時の「減災」、「迅速な救援」のためにARRL会員へ「知ってもらう」ために詳細にまとまられたのではないか、と想像できます。

ニューヨークを含むロングアイランド、コネチカット、コッド岬とボストンを含むマサチューセッツ東部、ロードアイランド。マサチューセッツ西部、ニューイングランド北部と各位地域毎に詳細が書かれています。ここではその内容を詳細に紹介することは紙面の都合でできませんが、目にとまった内容を幾つか書きます。

1. “E.C”と略記される“Emergency Coordinator”が既に制度として存在しているのが読みとれる。この当時既に非常通信について相応の知識と技量を有する者が配置されていた、といえる。
2. 使用した周波数が多岐にわたっている。
160mb Phone
80mb CW
75mb Phone
40mb CW
20mb
10mb phone
5mb Phone
シングルバンドのみならず、クロスバンドQSOも行われた。例えば10mbと5mbという組み合わせもあるが、この場合は10mの2倍波(高調波)を利用した模様。苦肉の策か予め想定されていたものかは不明。
3. QRR符合を用いた通信が行われた。
4. 軍隊、赤十字のみならず、沿岸警備隊その他各種団体とも連携を取っている。
5. 市役所、赤十字の地方本部など公的機関などの拠点へ移動して運用している。
6. 免許を有しない者にも手伝ってもらっている。(送受信ではなく電文電報取扱と思われる)
7. 取扱電文(電報)数が1000を越える局もあった。

大規模災害発生時の記録的内容ばかり追いかけると、災害発生に備えた動きを見落としてしまいそうになります。QST 1939年2月号には”F.C.C. Regulations on Emergency Communication”のタイトルで法制面の解説が行われ、周波数や沈黙時間(毎時0分から5分間)についての記載があります。この部分もしっかり説明したい部分ですが、長くなるので省略させていただきます。

次回も引き続き米国のアマチュア無線における「非常通信」、特に現在の状況についてまとめる予定です。引き続きのご愛読をお願い致します。

*“The Radio Amateur’s Handbook 1936”中の記事についてはARRLより許諾を受け掲載。
*QST記事については全て “QST VIEW 1915-1929”、“QST VIEW 1930-1939”共に©1996 American Radio Relay Leagueより転載。

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