2013年6月号

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連載記事

アマチュア無線への思い

JA1CIN 三木哲也
(公益財団法人 日本無線協会)

第3回 CW(モールス電信)とアマチュア無線資格

3. 業務用通信での役割を終えるCW

無線通信の源流であり、特に船舶や航空機の移動体には欠かせないCW通信ではあったが、1980年頃になると衛星通信の普及により電話やデータの通信がより確実に行える時代になってきた。このため国際海事機構(IMO: International Maritime Organization)を中心にGMDSS(Global Maritime Distress and Safety System)という全世界的な海上遭難安全システムの検討が行われていたが、このGMDSSの導入に向けたSOLAS条約の改正が1988年11月に行われた。この条約改正は1992年2月1日に発効することとなったため、日本でもGMDSS体制への対応が求められた。

GMDSSでは、従来の遭難通報周波数500kHzによるCWでのSOSに取って代わり、遭難時にはEPIRB (Emergency Position-Indicating Radio Beacon)という非常用位置指示無線標識装置が自動的に作動して406MHzの遭難警報信号が発射され、それがコスパス・サーサット衛星システム〔注4〕経由で地上受信局(日本の場合は海上保安庁)へ中継される。EPIRB装置は〔写真2〕のようなものである。これにより、船舶や海岸局がCWによる遭難通信周波数を24時間聴取する義務から解放された。その他のCWにたよっていた電報などの業務用通信もテレックスや衛星電話に移行することとなり、業務用通信におけるCWの役割は減少していった。

〔注4〕コスパス・サーサット衛星システムは、高度約1,000kmの極軌道を回る低軌道衛星(LEOSAR)と静止衛星(GEOSAR)による国際的な衛星支援捜索救助システムであり、1985年に運用を始めた。コスパスはロシア語、サーサットは英語であり共に「衛星支援捜索救助システム」という意味の綴りの頭文字をとった略語である。


写真2 EPIRB非常用位置指示無線標識装置

このようなCW通信をとりまく大きな環境変化に対応するため、無線従事者制度の再編成を含む電波法の大改正が1989年に行われ、翌年5月1日に施行された。これにより、CW送受の実技試験が課せられるのは第1級~第3級総合無線通信士と国内電信級陸上特殊無線技士に限られ、船舶通信を対象とした資格である第1級~第4級海上通信士ではCWの実技試験は含まれなくなった。

この改正でアマチュア無線の資格も見直されて、従来の電信級・電話級が各々第3級・第4級となり、電信級では空中線電力25Wまでの運用が可能となった。また、CWの実技試験は、第3級では1985年から既に受信のみとなっていたが、第1級、第2級においても受信のみとなった。CW送信の実技試験は〔写真3〕のように試験員と1対1に向き合い、電鍵操作の正確さは試験員による聴取と、その当時は紙テープへの印字装置を併用して実施していた。受信のみの試験は多くの受験者に対して同時に実施できるため、受験者の負担減はもとより試験の効率化の効果も生んだ。


写真3 電気通信術(モールス)実技試験の模様
(真ん中に置かれた装置が1980年代まで使用されていた紙テープ印字装置)

船舶通信のGMDSS体制への移行は、日本では1999年1月31日に完了した。これに合わせて、船舶向けの公衆電報を扱っていたNTTの海岸局も、JCS(銚子)が1996年3月31日に閉局し、最後に残ったJOS(長崎)も1999年1月31日に閉局した。世界的にGMDSS体制への移行が進んだことから、船舶通信や公衆通信との混信の回避などを根拠としてアマチュア無線の資格取得にCW実技試験を課す条件を見直す機運が高まってきた。2000年頃には、欧米各国でCW実技試験の速度を5WPM(25字/分相当)に下げることが始まった。米国では、2000年4月15日から全クラスとも5WPMに変更された。

このような状況から、2003年6月ジュネーブで開催された国際電気通信連合無線通信会議WRC-03(World Radiocommunication Conference-2003)において、無線通信規則におけるアマチュア無線の免許条項を「主管庁は、アマチュア無線を運用するための免許を得ようとする者にモールス符号によって文を送信及び受信する能力を実証すべきかどうか判断する」と改定し、CW実技試験は国際的な義務ではなく各国の判断に委ねられることとなった。

これを受けて直ちにCW実技試験の見直しが始まり、欧米諸国では1、2年でCW実技試験を廃止した国が多く、スイスはその最初でWRC-03の終了後数週間で廃止を決定したそうだ。その年の内に廃止を決定した主な国は英国(7月26日)、ベルギー(7月31日)、ドイツ(8月15日)、ノルウェー(8月16日)、オランダ(9月1日)、アイルランド(9月15日)、フィンランド(11月1日)、オーストリア(11月26日)などである[9]。

これらの状況において、日本の対応法には種々の意見があったものの、JARLからは「諸外国の動向に合わせる必要がある」という立場で総務省へ対応した結果、第一段階として2005年10月1日から第3級のCW実技試験を廃止し、第1級と第2級に課すCW実技試験の速度を25字/分に下げることとなった。その後、賛否の多くの議論が行われていた米国も2007年2月23日からCW実技試験を廃止し、国際的にCW実技試験の廃止が主流となったことから、日本では2011年10月1日から全クラスのCW実技試験が廃止された。ただし、モールス電信に関する知識は求められており、それは法規の試験に含まれている。無線従事者資格取得に課されたCW実技試験の変遷を〔図1〕に示す。


図1 CW通信能力が必要な無線従事者資格におけるCW実技試験の速度の変遷

アマチュア無線の資格取得におけるCW実技試験はこのように緩和されてきたが、これが受験者数にはどのように影響したのであろうか。日本無線協会の第1級および第2級アマチュア無線技士試験の申請者数は〔図2〕のように推移している[10]。緩和の効果が出ており、傾向としてこれらのクラスのアマチュア無線資格者の増加につながっていると言えよう。


図2 第1級・第2級アマチュア無線技士の試験申請者数の推移

4. あとがき

業務用通信において、CWの活用領域は漁業通信や軍用など限られてきていることから、最もCWを活用しているのはアマチュア無線の世界である。アマチュア無線においては、資格取得にCWの実技試験が課せられなくなったからと言ってCW通信の意義が無くなったり、CW人口が減退するものではない。アマチュア無線は趣味の世界であり、どの通信モードを活用するかは個人の自由である。したがって、CW通信が存続しつづけ益々活発になるかどうかはその魅力に依存すると言える。プロの世界においてCWが無くなる時代には、アマチュア無線のCWの魅力は益々高まっていくものと思っている。

参考資料
[1] 第1回万国無線電信会議:電波博物館・学習館第3章, 電波適正利用推進員協議会HP
http://www.cleandenpa.net/museum/gaku/gc.html
[2] William G. Pierpont, The Art & Skill of Radio-Telegraphy”
http://n1su.com/c33.htm
[3] Brent Smith and Jim Price, “Amateur Licenses in the USA”
http://www.qsl.net/n/n4nc//Feedline/2000/flapr00.pdf
[4] Amateur radio licensing in the United States
http://en.wikipedia.org/wiki/Amateur_radio_licensing_in_the_United_States
[5] 私設無線電信従事者資格検定試験規則:日本無線史,第13巻,pp.196-199(1951).
[6] 岡本次雄, 木賀忠雄“日本アマチュア無線外史”,電波実験社,pp.45(1991).
[7] 「アマチュア無線のあゆみ」日本アマチュア無線連盟50年史, CQ出版社,pp251-264 (1976).
[8] 同上, pp361-365.
[9] 小室圭五氏(JA1KAB)およびJARLの内部資料.
[10] 公益財団法人日本無線協会の内部資料.

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