2015年7月号

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連載記事

防災とアマチュア無線

防災士 中澤哲也

第16回 IARU “Emergency Telecommunications Guide”その2

先のネパールの地震のあと、箱根大涌谷の異変、関東圏で最大震度5弱の地震、ガラパゴスの火山噴火、口永良部島の火山噴火、地下590kmを震源とする日本全国を揺るがした地震など、国内でも世界でも、何事か?と思う自然現象があれこれ起こっています。国内ではいずれも本項執筆時点では大きな人的被害はなかったですが、「暑かった5月」、「例年と違う梅雨」と併せ考えると、地球規模での変化が取りざたされる様相です。梅雨期の降雨災害がその規模の大小はさておき毎年のようにどこかで発生していますが、気象情報には注意したいものです。特に梅雨末期の大雨については、それまでの降雨で地盤が緩んでいることもあり大きな土砂災害を引き起こす懸念があります。気をつけたいところです。

さて、前回に引き続き、今回もIARUのETGについて皆様と見ていきましょう。ETGは次のURLでご覧下さい。
http://www.iaru.org/uploads/1/3/0/7/13073366/emcomm_guide_1jan2015.pdf

Chapter 17 “Emergency Activation”
この章は前回でも触れていますが、この「立ち上げ」に先立ってChapter 15 “Preparing for Deployment” 「展開準備」あるいは「出動準備」と訳す章があります。ここで“Jump Kit”あるいは“Go Kit”と呼ぶ、出動時に持ち出す装備についての解説があります。

前号で触れたよう、ETGの元がARRLの教材ならば、非常通信にアマチュア無線家が取り組む前提条件としての「組織的行動の仕組み」が確立していること、と解釈できます。その点、日本国内のアマチュア無線家の立場を考慮すれば、章中の記載順序とは異なりますが、真っ先に次の事項を確認すべきと考えます。

・身分証明
ETGでは、単に“ID cards and other authorizations”とあるだけです。これは上記の理由によると考えます。

我々アマチュア局を運用する者は「無線従事者免許証」を当然携行しているはずです。またアマチュア局の局免許あるいはそのコピーを携行されているかもしれません。しかしそれだけでは、あなたがアマチュア無線家であることは分かっても、どのような立場の人間なのか、どのような組織に所属しているのか、他人には全く分かりません。地元地区の会合出席時に筆者は日本防災士機構が発行する「防災士証」をカードフォルダに入れて胸部に付けます。これは顔写真、氏名も入るプラスチックカードです。登録した防災士は全員持っています。地元のイベントでも着用し、この人物はこんな組織の人間なのだ、と日頃から住民に認識してもらうように務めています。加えて「防災士」と大きく印字された腕章も着用します。ここには所属地区名表記も加えています。


(奈良県支部の全ての地区がこのように所属地区名を表記するスタイルであるとは限りません)
(資格認定は日本防災士機構が、組織運営は日本防災士会がそれぞれ行っています。)

さらに、筆者は地元の社会福祉協議会メンバーでもあるので、制服として揃いのベスト(黄色。背面に組織名称が入っている)を着用するときもあります。このベストは一着1500円程度でしかも背中にいろいろ文字を入れることができるので、自治会などでお使いの地域もかなりあるようです。

筆者が最良と考えるものは、耐火性か難燃性の素材で反射部材も加えられ、IDカードとボランティア保険加入証を入れることの出来る透明なポケットが両肩口に一つずつあり、さらにハンディトランシーバーを入れることの出来る大型ポケットが2つあるもの、です。欲をいえば着用すれば水に浮く、という性能も欲しいです。しかし市販品で目にしたことはありません。

「制帽」として所属団体で帽子をお作りの方々も少なくないと思います。平時はそれでいいのですが、発災時屋外ではやはり「ヘルメット」着用になるかと思います。ヘルメットに所属団体名を大書きし、役職に応じカラーリング、マーキングを変える、というスタイルもしばしば目にします。

「組織の人間が来てくれた」とわかるだけでも、現場、避難所にいる被災者の不安は若干でも和らぐと思います。その点では、警察・消防・自衛隊・消防団の方々の姿は言うまでもありません。

いずれにしても、「この人物が防災・減災の通信を担う立場にあること」を周囲の方々に理解していただくために必要なものです。コールサイン入りのキャップを被っていても、それだけではなかなか立場を理解してもらえない、と思います。

Jump Kitの説明では、“Radios and Accessories”、“Personal Gear”、“Information”と続きますが、出動規模が一日で済むのか、2,3日なのか、1週間なのか、出動先が自宅最寄りの避難所なのか、県庁/市役所/町村役場なのか、あるいは遠征や派遣と表現できる他府県への出動なのか、そのあたりで持ち出す内容も異なってくると考えます。ETGには24時間以内に収まる場合と、72時間を越える場合と2つのカテゴリーに分けるようあります。

少し話しが横道に逸れますが、大阪では6月に震災対策技術展、防災防犯総合展という2つの催事がありました。

前者では防災減災について取り組む主に大学の研究者の方々の、これまでの研究会などのサマリーを得ることが出来ました。その出版物では「国難」に備える視点で、首都直下地震と南海トラフ巨大地震に焦点をあてた種々の研究が発表されています。

読み進むに従い、過去の事例より今後予想されるこれらの大規模災害発災時には、「想定外」の連続となり、しっかりした備えが必要である、と事ある毎に叫ばれていることが分かります。例えば、一般家庭で備蓄する飲料水は、以前は3日分、近頃は1週間分と言われていますが、それでも十分な備えでないことは、飲料水の流通在庫、生産能力、物流機能の低下などを総合的に検討した結果として示されています。ヘタをすれば「飲まず食わず」+「不眠不休」の状況でボランティア活動に従事しなければならない事態が生じるかもしれません。このあたり、読者の皆様、「自分は専門装備である無線機類を持参すれば、あとは寝食全部運用場所で賄ってもらえる」などと安易な考えをお持ちなら、早々に捨て去らねばなりません。

また、後者では起震車での震度6弱の揺れの体験をしました。体験してわかったことは「タンスが歩く」、「ピアノが踊る」という表現。「飛ぶ」といったほうがいいかもしれません。これらが誇張されたものでない、ということです。もっと厳しい言い方をすれば「家具が凶器になる」というところでしょうか。椅子に座っていましたが、しっかり身体を支えないと、転げ落ちるような状況です。

そのような状況を経て、自分を含め家族や周囲の方々の安全を確保し、建物の状況も確認したうえで、『出動』できるのか否か。揺れが収まった直後からてきぱきと行動できるのか。いやいや茫然自失、しばらく動けない、という状況になるのか。直面しないと分からない、というのは正直なところです。しかし、これもシミュレーション、大きな揺れを体験すれば違ってくるのではないか、と思います。「伝聞でわかっていたつもり」と「(シミュレーターででも)体験した」とでは随分違うと思います。なかなかチャンスはないですが、起震車などで「揺れ」を体験しておくことをお勧めします。

話しを“Preparing for Deployment”に戻します。ここでは「無線機と周辺機器」、「個人装備」の次に「情報」についても書かれており、身分証明、従事者(局)免許、周波数リストと運用スケジュール、地図と続きます。

・周波数リスト
まず非常通信周波数リストやJARLの制定するバンドプラン一覧が頭に浮かびますが、それ以外に組織内だけのものがあれば、それを忘れてはなりません。加えてレピータの周波数(最近はオフセットが逆シフトのものやアクセストーン周波数が88.5Hzではなく77Hzのものもあり、注意が必要です)、さらに地元自治会の特定小電力トランシーバーのCH番号とその周波数も必要かもしれません。いざ、のときに逐一調べることは相当困難だと思います。最近は自治体が地元のコミュニティFMを活用するので、そのFM局の周波数も知っておく必要があります。特に、地元を離れて救援活動等する場合、コミュニティFMのない地域では地元のAM局を受信する必要があります。

・地図
被災地域外から、特に短波を運用しようとするなら日本地図が必要です。被災地域内からの運用では、市販のお住まいの市区町村の地図と、状況により「住宅地図」が必要になります。例えばお住まいの地域の指定避難所で運用しようするとき、特に都市部ではその地域を網羅する住宅地図は重要なツールとなります。状況により地図に諸々書き込むこともありますから、複数枚ほしいところです。
(小学校では児童の登下校時の安全確保目的等でたくさんお持ちのところもあるようです。必要なら学校やPTAなどに問い合わせればよいかと思います)

住宅地図使用例

筆者自宅を含む小学校校区の住宅地図に、巡視時のチェックポイントを数字と英文字で書き込んでいる。(数字ばかりの順路、英文字ばかりの順路とに分け、写真では見にくいが青とピンクのマーカーでルートをトレースしている。)
別紙でチェックポイントの地点名称とチェック事項をリストにしている。
これらを複数枚作成し、活用している。これらを使用した防災訓練について地元コミュニティFM局の取材があった。
http://www.city.nara.lg.jp/www/contents/1399537180987/files/housouH27-4-9_4-12.mp3
http://www.city.nara.lg.jp/www/contents/1399537180987/files/housouH27-4-13_4-15.mp3
(奈良市提供「なら防災防犯情報ナウ」 ならドットFM 奈良市ホームページ)
(ご注意)上記ファイルは、ご使用のパソコンのセキュリティレベル設定により、クリックしても再生されない場合があります。

最近では市区町村の危機管理部署などが発行する「防災マップ」が便利な場合もあります。また、今ではかなりの方が車にナビを備えておられますが、そのナビの地図は古くなっていませんか?目印となるコンビニやガソリンスタンドの廃業もあります。発災後の給油で苦労した例は東日本大震災で皆様ご承知の事と思います。また災害時には指定車両以外通行禁止となる道路もあります。(警察署等に申請し通行許可証を得ておかなければ通行できません。)迂回路は直ぐに思い浮かぶでしょうか。確かに地図データの更新に費用はかかります。その費用は安くないでしょう。しかし普段でもその効果はあり無駄にはならないと思います。

・筆記用具各種と大量のメモ用紙
多色ボールペン、太書きマジックは役立ちます。蛍光ペンもあれば便利です。意外に忘れがちなのは「紙」の方です。PCやスマホ、タブレットが普及する現代では、レポート用紙のようなものでも普段手元に置いていないかもしれません。筆者は避難所開設時、数十枚のA4用紙を持参しました。

ボールペンは使い慣れたものを。出来れば油性インクのものを。インクの出が悪い、また書き味が悪いとそれだけでストレスの原因になってしまいます。数が必要だ、失くしても気にならないようにと、100円で何本も買えるような安価なボールペンを用意されるかもしれません。しかし、しばしばインクのボタ落ちが起こり、用紙や手が汚れ面倒です。クリップ部分が「バネ式」のものが折れることなく使い勝手がよく、できれば紐か何かで首からぶら下げることができるものが便利かもしれません。

・付箋とクリップ
付箋は大型のものがいいのですが、あまり安価なものは紙質がよくないので書きづらいときがあります。細かいことですが、事前に確かめておきましょう。クリップも昔は目玉クリップだけでしたが、今はダブルクリップも多く使われていますね。マグネットバーに着けて行くなら目玉クリップの方が便利でしょう。

・ホワイトボード(小型のものでも可)+専用ペン+消し具(ボロ布で可)
何度も書いたり消したりでき便利です。100円ショップにあるようなものでも十分実用になります。できれば専用ペンは複数本、また多色であればなお便利です。


(吊して使えるようしている事に加え、裏面にマグネットテープを貼付している)

私物はもとより持参品には必ず所属、名前を書きましょう。撤収時、(避難所)備品に紛れ込んだりして行方不明になることを防ぎましょう。撤収時には疲れが重なり平時の判断や行動ができない状況です。なので、なおさら発災前に整えておく必要があります。

ここまであれこれ筆者の知見よりETGにはない内容も加えて書きました。読者の皆様の参考になれば幸甚です。

[閑話休題]
7月梅雨明け夏本番、となると、各地でいろいろなイベントがあります。旅行やアウトドアに出かける方も多いでしょう。そのときに「トランシーバー」(と予備の電池)をご持参ください。アマチュア無線に限りません。特定小電力トランシーバーでもかまいません。直接使う機会がなくとも、話題の種にしてください。多くの方に「今のトランシーバーはこうなっていますよ」と理解を広めて下さい。みなさん携帯電話はご存知でも、トランシーバーはよく知らない、という方は少なくありません。いのちをつなぐかもしれないツール。いや、いのちをつないだツール。その存在を知らしめることで災害時の被害を少しでも減らせるならば、我々無線に興味を持つ者すべての心を輝かせる、と考えます。

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