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今更聞けない無線と回路設計の話

【テーマ1】三角関数のかけ算と無線工学
第5話 トランジスタミキサ①

濱田 倫一

第4話ではミキサ回路による代表的なサイン波の掛け算方式と、それに対応する時間領域波形、周波数スペクトルの関係を解説しました。実際のミキサ回路では伝送信号のエンベロープに対して線形性を確保する必要があり、B-E間のスイッチング特性(これも非線形特性ではあります)を使用して半波整流しているというのが動作の実体でした。伝送信号を構成するスペクトル(周波数の異なるサイン波)同士を掛け算させないためには、掛け算後の波形のエンベロープに現れる伝送信号波形を歪(ひず)ませないようにする必要があり、伝送信号とLO信号のレベル差を管理する必要があります。第5話と第6話では回路シミュレータを使用してこのあたりを詳しく見ていきたいと思います。

1. トランジスタミキサを設計してみる

今回は第4話までの話の延長として、1MHz程度の伝送信号を10MHzのLOでアップコンバートする回路を設計することにします。回路シミュレータは第2話と同様、Micro Cap 12(以下MC12)を使用します※1。使用するトランジスタは、MC12の標準ライブラリに含まれていて、2022年現在も供給されている、ROHM製のバイポーラトランジスタ2SC4276(図1)です。メーカのデータシートでは高周波トランジスタと謳われていますがfT=3.2GHzなので、汎用トランジスタに近いデバイスです。データシートやデバイスモデルはメーカのHPからダウンロード可能です。


図1 2SC4726(2SC4726 - データシートと製品詳細 | ローム株式会社 - ROHM Semiconductor)

ミキサ回路は増幅回路と異なり入出力の周波数が異なります。入力回路は伝送信号(帯域幅1MHz前後、または数kHzの帯域信号)とLO信号(10MHzのCW)が印加されるので広帯域設計とし、出力側は取り出したい信号周波数帯域(10MHz前後)に周波数選択性を持たせた設計とします。設計した回路を図2に示します。第4話までの解説と連続性を持たせるため、伝送信号の周波数は1MHz+3MHzとしたかったのですが、4章で説明する事情があって、300kHz+900kHzとしています。


図2 設計したトランジスタミキサ回路

設計は以下手順で行いました。
①トランジスタの負荷条件(負荷線)と動作点決定
②出力整合回路の設計
③出力側周波数レスポンスの確認
④入力回路の設計

2. トランジスタの負荷条件(負荷線)と動作点決定

アップコンバータは直流領域の電圧出力が不要です。従って、図2に示すようにQ1のコレクタは電源電圧利用効率を優先してインダクタンス負荷とします。電源電圧はトランジスタのコレクタ-エミッタ間絶対最大定格電圧VCEOが11Vなので、この値の半分以下とする必要があり、3Vとしました。理論上のコレクタ電圧の範囲は入力無信号時が3Vで、最大6V、最小0Vとなります。

負荷線の設計結果を図3に示します。


図3 負荷線の決定と動作点の決定

インダクタンス負荷なので、直流負荷線はVCE=3Vの目盛と直交する直線になります。第4話で述べた通り、ミキサ回路は入力信号を半波整流して乗算をおこなうので、交流負荷線はVCE=3Vの時のICを≒0mAとし(図3のA点)、所望の出力電力が得られて、かつ交流負荷線上でのhFEの大きさが、できるだけ一定値を保つようにVCE=0V時のICの大きさを選びます(図3のB点)。選定結果は図3に赤の実線で示すように、IC≒20mA(@VCE=0V)とIC≒0mA(@VCE=3V)を結ぶラインとしました。この負荷線を実現する為の負荷インピーダンスZLは、


(式1-1)

となります。実際にはVBE=0V付近の非線形性の影響を受けにくくする目的で、無信号時にIB=約7µAのバイアス電流を流しています。この負荷線は増幅器で言うと「B級増幅」に相当します。ご参考まで、図3には一般的なA級増幅の負荷線を赤の破線で示しています。A級増幅の場合はVCEの全ての電圧範囲(0~6V)においてコレクタ電流ICが流れます。一方でB級増幅ではVCE≧VCC以上の電圧領域(VBE≦0Vの領域)では、トランジスタはOFF状態であり、電流はトランジスタからではなく出力整合回路(負荷の共振回路)から負荷に供給されます。

3. 出力整合回路の設計

負荷線(負荷インピーダンス)が決まったので、出力整合回路の設計を行います。出力整合回路を設計する前に回路の出力インピーダンスの仕様を決めておく必要があるのですが、ここでは従来と同様、同軸ケーブル(測定器など)を接続する想定で50Ωとします。

LOの周波数が10MHzであれば、通常fT=3.2GHzのトランジスタの出力アドミタンスは充分小さく、理想電流源として取り扱っても大きな誤差にはならないので、わざわざコレクタのインピーダンスに整合をとることはしません。従って、今回設計する出力整合回路は「Mr.Smithとインピーダンスマッチングの話」第24話 図1の⑥の設計パターンになります。すなわち回路出力に所定のインピーダンスが接続されたときに、所望の負荷抵抗に見えるようにインピーダンス変換を行う回路をトランジスタのコレクタに接続します。具体的に言うと、50Ω負荷が接続されたときに、コレクタ側から負荷を見ると150Ωに見える回路を設計します(従って、出力端子からコレクタ側を見た時のインピーダンスは50Ωと整合していません)。設計結果を図4に示します。設計にはMr.Smithを使用しました※2。インピーダンス変換回路の具体的な設計方法は同連載に詳しく述べていますので、そちらを参照してください。


図4 出力整合回路の設計

トランジスタミキサはB級動作なので、トランジスタの負荷に相当するこの回路には同時に出力の共振回路を兼ねさせる必要があります。ちなみに第4話までLO=10MHz、伝送信号=(1MHz+3MHz)という周波数の組み合わせを用いて説明してきたので、同じ周波数構成で解説しようとすると、出力回路の通過帯域は10MHz±4MHz必要になるのですが、共振回路でこのような広帯域特性を実現するのは困難です。従って、ここでは並列共振回路を用いずに、インピーダンス変換回路の構成がLPFとHPFのカスケード接続になるようにLとCを組み合わせて、できるだけ広帯域の回路になるように設計しました。

4. 回路の周波数レスポンス

設計した回路の周波数応答特性を図5に示します。この特性はMC12のAC解析機能を用いて求めたものです。広帯域特性は、一応確保できましたが、帯域内のゲインリプルは1dB弱残ってしまいました。


図5 ミキサ増幅回路の周波数応答特性

このため、第5話からは伝送信号周波数の見直しを行い、1MHzと3MHzの2波に代えて300kHzと900kHzの2波を伝送信号とします。これにより乗算された信号の周波数帯域は9.1MHz~10.9MHzとなりますが、この範囲であれば図5の下のグラフに示す通り、周波数特性はほぼフラットと考える事ができます。

5. 入力回路の設計

入力回路は周波数の離れたLO信号と伝送信号を同時に扱うため、広帯域特性が要求されます。このためインピーダンスマッチング等の操作は行わず、トランジスタの広帯域特性をそのまま利用した高インピーダンス入力回路とします。トランジスタは電流駆動素子なのでR2(2.2kΩ)を直列に挿入して電圧入力型の回路に変換しています(図2)。

6. 第5話のまとめ

これでトランジスタミキサ回路の設計を一通り終了し、MC12のAC解析機能で通過特性の周波数レスポンスを確認するところまで完了しました。ミキサ回路と増幅回路の一番の設計の違いはトランジスタの動作点の設定と、入力回路の帯域幅の違いです。以下、要点を整理します。

(1) ミキサ回路の設計においては、LO信号と伝送信号を乗算する為に、トランジスタの動作点をB級バイアスに設定してLO信号を半波整流させます。
(2) B級増幅回路の動作点(無信号時のコレクタ電流)はほぼ0[A]となるので、交流負荷線(=コレクタ電流ICが流れる範囲)はA級増幅回路と異なり、VCE=0V~VCE=VCCの範囲となります。これに対してコレクタの最大電圧振幅は0V~2×VCCの範囲になり、出力電圧がVCC~2×VCCの領域では負荷の共振回路が電流を供給します。
(3) ミキサの入力回路は伝送信号とLO信号が一緒に入力されるため、広帯域特性が要求されます。

次回はMC12のトランジェント解析機能を使って設計した回路の周波数変換動作を確認します。

※1 回路シミュレータMicro Capを制作していたSpectrum software 社は2019年7月で閉鎖されましたが、Micro Cap12は無料で開放されており、下記URLから無料で完全版をダウンロードして使用することができます。
Spectrum Software - Micro-Cap 12. Analog simulation, mixed mode simulation, and digital simulation software. SPICE and PSpice® compatible circuit simulator. (spectrum-soft.com)

※2 Mr.Smithは下記URLからダウンロードできます。
https://www.vector.co.jp/soft/winnt/business/se521255.html

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