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Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話

【第19話】 S12と付き合う(その1)

濱田 倫一

第18話では、増幅器にあって欲しくないパラメータS12が何故生じるのか・・・と、S12の影響を回避する方法についてお話ししました。しかし現実はそう甘いものではなく、中和という技法は小信号の狭帯域増幅器では有効ですが、大振幅を扱うHPAや広帯域増幅回路では効果が得られません。また集中定数回路で帰還回路を構成することが困難なマイクロ波やミリ波領域の周波数帯では適用が困難です。またカスケード増幅回路も電源に対して2個のトランジスタが直列に接続されるため、電源電圧の利用率が悪く(トランジスタ1個で構成する増幅器の約2倍の電源電圧が必要)、電力増幅への適用は困難ですし、昨今の低電圧動作の潮流にも反します。今月と来月はS12と戦えない場合のS12との付き合い方のお話です。

1. S12と付き合うとは・・・

S12と付き合う・・・と言うことは、増幅器の出力端子の信号が入力にフィードバックされることを許容する・・・と言うことです。増幅器の出力信号が入力にフィードバックされると、以下に示す2つの問題が発生します。
① 反対側ポートの影響で入出力インピーダンスが変化する。(前回まででご説明した内容)
② 利得が低下する、発振する、または発振安定性が低下する。
これらは一見無関係に思えますが、実は同一の問題です。

(1) インピーダンスと帰還の関係
第5話で、インピーダンスZと反射係数Γは1対1で対応する事をご説明しましたが、覚えておられますか※1。→第5話: 「2. スミスチャートの正体」を参照。 

図1は、第17話 の図2に説明を追加したものです。図において赤い吹き出しをつけた部分が増幅器の出力端子から入力端子にフィードバックされる成分で、右側の吹き出しが示す式が出力端子の進行波成分b1(=出力信号)で表した出力端子におけるフィードバック波、左側の吹き出しが示す式は入力端子の進行波成分a1(=入力信号)で表した入力端子におけるフィードバック波の大きさを示します。


図1 増幅器の出力から入力にフィードバックされる波

入力端子に観測される反射波b2は、トランジスタの純粋な入力インピーダンスで発生する反射波(数式の右辺の1項目)と、赤の破線で囲った項、すなわち出力端子からのフィードバック成分の和になります(これらの波は全て入力信号(入射波)a1の関数なので、同じルーツの波として合成されて観測されることになります)。

S12が無視できない大きさの場合、この赤い破線で囲った成分がZOUTの値で増減(当然位相も変化)する結果、入力の反射係数が変わってしまうので、出力の整合状態によって入力インピーダンスが変化する、というのが第17話のお話でした。

※1: この復習は第17話の中でやっておくべきだったのですが、既にご理解いただいているものとして話を進めてしまいました。読者の中でインピーダンスと反射係数の関係を混乱されている方がおられましたら、第5話前後を振り返って見てください。

(2) 発振安定性と帰還の関係
問題はこの出力から戻ってくる反射波の大きさは、常に入射波(入力信号)より小さいとは限らないと言うことです。この様子を図2に示します。


図2 入力の反射波が入射波より大きくなる

図2では、入力波a1がS21倍されて出力端子にb1として出力され、その一部が負荷インピーダンスZOUTとの不整合で反射されて反射波a2となって出力端子に入力され、それがS12倍されて入力端子の反射波b2に加わる様子を示しています。

つまり出力から入力に戻ってくる反射波はトランジスタで増幅されて出力された信号が出力端子で反射されて、S12倍されて入力に戻ってくるものなので、トランジスタの順方向利得(S21)が大きいと、容易に入力信号を上回ってしまいます。

そして入力端子で観測される反射波b2は出力端子と同様、信号源インピーダンスでその一部が反射されて再度入力波に加わり、S21倍に増幅されるので、a1 > b2なら常に減衰するので問題ありませんが、a1 ≤ b2だと振幅がどんどん大きくなる・・・つまり発振に至る可能性がある(不安定状態)わけです。

(3) スミスチャートの外側の世界
入力した信号よりも入力端子に戻ってくる信号の方が大きい・・・。これは入力端子の反射係数S11’が1以上の値、すなわちスミスチャートの外へ飛び出してしまうことを意味しています。
スミスチャートの外側というのはどういう抵抗値なのか? 試しにMr.Smith※2に入力してみましょう。図3に示すように、「マーカ」→「Reflection coefficient」と選択して、Γの値を1以上の値に設定してみます。ここではΓ=1.2∠45deg と入力してみました。

※2: Mr.Smith v3.3のダウンロードはこちらから。 


図3 1以上の反射係数を設定してみる

結果は図4に示す通りです。


図4 Γ=1.2∠45degのプロット結果

表示されたマーカ(0番マーカ)はスミスチャートの外に飛び出しています。図のマーカリストは反射係数(Reflection coefficient)の表示になっていますが、「Marker Type」ラジオボタンのImpedanceを選択すると、反射係数からインピーダンスに変換できます。変換した結果は図に示したとおり、-29.6+j114Ωです。

-29.6Ω・・・つまりスミスチャートの外側とは負性抵抗の領域だったのです。この領域では、インピーダンスで表現すると電圧が小さくなるほど電流が流れ、反射係数で表現すると入射波よりも反射波の方が大きくなります。この負性抵抗の領域まで目盛を拡張したスミスチャート(イミッタンスチャート)を図5に示します。


図5 負性抵抗領域まで拡張したスミスチャート(イミッタンスチャート)

定レジスタンス円と定コンダクタンス円は正領域と負領域で別々の円になっているのに対して、定リアクタンス円と定サセプタンス円は正領域~負領域同一の円であることがお判り頂けると思います。定リアクタンス円、定サセプタンス円は正領域のみを見ていると「弧」でしかありませんでしたが、負領域まで拡張すると、やはり「円」になっています。

なおMr.Smith ver. 3.3には負性抵抗領域のチャートをプロットする機能がありませんが、インピーダンス計算とマウスマーカは負性抵抗領域でも正しく動作しますので、負性抵抗領域のインピーダンス計算を行うことには問題ありません(但し、受動素子の組み合わせだけで、インピーダンスローカスが負性抵抗領域に飛び出すことはありません)。Mr.Smith ver. 4では負性抵抗領域の目盛表示に対応する予定です。

2. 安定係数K

以上説明の通り、S12を許容して増幅器を設計しようとした場合、入出力インピーダンスが変動することと増幅器が不安定になることは同じ問題として整理されます。あるトランジスタで増幅器を設計する場合、安定した(発振しない)増幅器を設計できるか否かを示す指標として、「安定指数K」というパラメータがあり、デバイスのSパラメータから導出することが可能です※3


K>1の時、このデバイスは入出力にどんなインピーダンス(負性抵抗を除く)を接続しても発振することはありません。つまり図2に示したS11’の値が常に1未満、同様に出力側についてもS22’(第17話の図2参照)も1未満に収まります。

K≤ 1の時、このデバイスは入出力に接続されるインピーダンスによっては発振する可能性があります。つまりS11’、S22’の値が1以上になる場合があると言うことを示します。

さらに安定指数Kはこのデバイスの入出力を同時に共役整合することが可能か否かについても示しています。すなわち第17話の「4. 厳密な入出力整合」 で解説した連立方程式に解が存在するか否かを示しており、
K>1の時、このデバイスは入出力同時に共役整合をとることが可能
K≤ 1の時、このデバイスは入出力同時に共役整合をとることが不可能
となります。

Kの計算は複素数計算があるので面倒ですが、頑張れば市販の表計算アプリで計算可能です。今回、題材としている2SC3356のSパラメータから算出したKの値を図6に示します。計算に使用したMicrosoft Excel®のワークシートを添付しますので、どういう計算をしているのかご興味のあるかたは参照ください→Excelワークシートのダウンロードはこちら※4


図6 2SC3356のK値とMAG

図6に描かれているMAG: Maximum Available Gain(最大有能電力利得)は、K>1の領域のみ成立する値で、入出力を同時に完全整合した場合に実現できる最大電力利得を示しており、



で示されます。K>1の領域においてはこれ以上の電力利得を実現することはできません。また図に記載したとおり、デバイスのトランジション周波数fTでMAG=1となります。図6に描かれているもう一つのグラフMSG: Maximum Stable Gain(最大安定利得)の意味とMAGとの関係については、次回、詳しく説明します。

2SC3356の場合、600MHzあたりから上の周波数ではK>1となっていて、多少粗っぽい整合設計でも発振することはなく、比較的扱いやすいトランジスタであるといえます。500MHz以下の周波数領域ではK≤ 1となっていて、設計には注意が必要ですが、実はこのトランジスタはK≤ 1の領域でも比較的使いやすいトランジスタです。このあたりのお話も次回詳しく解説します。

※3: 似た名前の係数で「安定指数S」というパラメータがあります。これは「温度安定指数」と呼ばれるパラメータで、バイアス回路のフィードバックの強さ(熱暴走に対する強さ)を表す(温度でコレクタ電流が1変動しようとしたときに、これをその何倍の電流利得で元に戻す働きをするか)指数です。似て非なるものですので、混同しないようにご注意ください。

※4: これらExcelシートに関するご質問についてはご容赦ください。
これらExcelシートの内容に関する知的財産権その他一切の権利は筆者濱田倫一に帰属します。FB NEWS編集部は筆者濱田倫一の許可を得て本件記事を掲載しております。
また筆者、ならびにFB NEWS編集部は、これらExcelシートの二次使用に伴う一切の責任を負いませんので、あらかじめご了承ください。

3. 第19話のまとめ

結局、トランジスタのS12と付き合う・・・とは、発振のリスクがない使用条件を探してトランジスタを使用する・・・という事になります。今回はS12の影響を受け入れて増幅器を設計する方法の前半のお話でした。要約すると以下の通りです。

(1) S12の影響とは、帰還によって増幅器が不安定(発振しやすい)な状態になることである。
(2) 増幅器が不安定になるときは、入出力の反射係数が|Γ|≧1になる。これは入出力インピーダンスが負性抵抗値を示している事に等しい。
(3) 信号源、または負荷のインピーダンスによって、そのデバイスが発振する可能性があるかについては、安定係数Kを計算して求める事ができる。
(4) K>1の周波数においては、入出力インピーダンスが正の抵抗領域のどんな値であっても発振安定性が維持され、かつ入出力同時に共役整合を実現することができる。

次回はK≤ 1の周波数帯における設計手法を中心にお話しします。

第19話は、下記文献を参考に記載しました。
Christian Gentili著 MIROWAVE AMPLIFIERS AND OSCILLATORS(McGrawHill) P33~P36
宮内一洋、山本平一 共著 通信用マイクロ波回路(電子情報通信学会) P191~P192

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