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Mr. Smithとインピーダンスマッチングの話

【第40話(連載最終話)】 インピーダンスマッチングの四方山話

濱田 倫一

Mr.Smithとインピーダンスマッチングの話もいよいよ連載最終話となります。インピーダンスマッチングというテーマで色々な解説をさせて頂きましたが、最後に第1話で解説した「インピーダンスマッチングとは何か」について、改めておさらいさせて頂こうと思います。

1. トランスインピーダンスとインピーダンスマッチング

第1話のおさらいになりますが、インピーダンスには

① 「リアルなインピーダンス(実在して電力を消費するインピーダンス)」
② 「イメージインピーダンス(影像インピーダンス、設計上の想定インピーダンス)」
③ 「特性インピーダンス(電磁波伝搬で観測されるインピーダンス)」

の3種類があり、それぞれ異なる目的でインピーダンスマッチングが行われると解説しましたが、これは広義の話になります。本連載では主に狭義のインピーダンスマッチングとして、「インピーダンス変換回路」を用いて「負荷インピーダンスを電源インピーダンスの複素共役に変換する操作」について解説してきました。この観点に基づいて改めて整理すると、

  • ①は教科書に出てくるインピーダンスマッチングの基本概念ではあるが、配線長が波長に対して充分に短い場合、効率の観点から必ずしも必要ではない
  • ②は四端子回路網の設計インピーダンスに次段(前段)回路のインピーダンスを変換する操作なので別物(トランスインピーダンスであってマッチングではない)
  • ③は配線長が波長に対して無視できない場合であり、特性インピーダンスとマッチングさせないと損失や定在波が発生し、回路が想定通りの動作をしなくなるのでマッチング設計が必須

という整理になります。なお「インピーダンスマッチングが不要」=「インピーダンス変換が不要」という事ではありませんのでご注意ください。

(1) 増幅回路におけるインピーダンスマッチング
最初に①のリアルなインピーダンスに対するインピーダンスマッチングを考えてみましょう。図1はインピーダンスマッチング回路の基本概念図です。本連載では何度も扱ってきたので、改めて説明するまでもないかもしれません。


図1 インピーダンス整合

電圧源の電圧V [V]と信号源インピーダンスZS [Ω]が決まると、出力に取り出すことが可能な電力は負荷インピーダンスZLZS* [Ω]の時に最大になり、その値は負荷ZLを短絡したときに信号源インピーダンスZSで消費される電力の25%、そしてこの時の電力効率は50%となります。この概念は教科書に必ず登場するのですが、実際の増幅回路でこのような設計を行うと不経済なので第24話を中心に、第22話から第32話にかけて解説したとおり、昨今では緩衝増幅を主目的とする小信号増幅回路を除いて殆ど採用されません。回路の動作効率が気になるHPA等に於いては内部抵抗の小さいトランジスタ※1を用いて、図2に示す考え方で設計します。


図2 トランスインピーダンス

図2において、信号源が負荷に供給できる電力P


(式1-1)

となりますが、ZSZLの場合は


(式1-2)

となり、出力電力Pは電圧源の電圧振幅と負荷インピーダンスのみで決定されます。信号源を増幅回路の出力側だと考えた場合、信号源電圧(コレクタ電圧)Vと所望の出力電力Pが決まると、その増幅回路の負荷インピーダンスZO(ややこしいので虚数成分はないと仮定して負荷抵抗ROとします)は


(式1-3)

という値にしなければならなくなります。つまり図2においては、所望の電力Pを負荷に供給するために、実際の負荷インピーダンスZLを信号源側が要求する負荷抵抗ROに「インピーダンス変換」しているのです。図1と図2を比較すると以下の違いがあります。

表1 図1と図2の比較

図1の構成はインピーダンスを互いの複素共役値に変換するので、信号源~負荷の双方向でインピーダンスマッチングが成立しますが、図2の構成は負荷インピーダンスを信号源インピーダンスと関係のない値に変換しているので、信号源から負荷を見る方向しか変換が成立しません。

また図2の構成は、インピーダンスをマッチングさせていないので、信号源から負荷までの回路のサイズが波長に対して充分小さいことが前提になります。さらにZLが実態のあるインピーダンスである事を前提としているので、負荷にフィルタなどイメージインピーダンスを直結すると、設計通りに動作しない場合があります。(→第24話第25話参照)

(2) 伝送線路(同軸ケーブル)におけるインピーダンスマッチング
次に③の特性インピーダンスに対する整合を考えます。高周波電力が電磁波として伝搬する伝送線路においては、電源インピーダンスと線路の特性インピーダンス、線路の特性インピーダンスと負荷インピーダンスの間でインピーダンスマッチングを行わないと反射波が発生し、電力が負荷に伝わらない、定在波の影響で線路上のインピーダンスが負荷からの距離によって変化する等の問題を発生させます。従って電源から負荷までの電気長が波長に対して無視できない長さになる場合は図3に示すように、伝送線路を介して接続し、電源・負荷それぞれのインピーダンスと線路の特性インピーダンスZ0の間でマッチングさせる必要があります。


図3 特性インピーダンスとのマッチング①

特性インピーダンスは実態のあるインピーダンスですが、線路に分布するリアクタンスとインダクタンスの比なのでそれ自身は電力を消費しません※3。従って①のリアルなインピーダンスとのインピーダンスマッチングと異なり、マッチングしても損失は発生しません。但し、電源インピーダンスZSと特性インピーダンスZ0をマッチングさせるとZSは電力を消費します。このため実際の機器設計では、やはり図2の考え方を適用して図4に示すような回路設計を行うケースが多々あります。


図4 特性インピーダンスとのマッチング②

この場合、伝送線路から信号源を見た時のインピーダンスはZ0からかけ離れた値になります。伝送線路から信号源を見た時のインピーダンスをZ0に見せる必要がある場合は、インピーダンス変換回路と伝送線路の間にアイソレータを挿入します。(図5)


図5 アイソレータによる方向性の解消

(3) インピーダンス変換について思うこと
筆者の場合はプロのエンジニアとして回路設計に携わるようになって何年も経て気づいたことですが、世の中の教科書やHow to本、製作記事等の解説は、インピーダンス整合回路とインピーダンス変換回路という2つの言葉が混同されています。インピーダンス整合回路はインピーダンス変換回路の一つなので広義には間違いではなく、また回路だけを見ても整合しているのか変換しているだけなのか判らないですから、仕方ない事だと思います。しかし、いざ自分で回路設計を行おうとすると、整合すべきなのか、変換すればよいのかの判断に迷うことになるので、インピーダンス整合が必要な(できる)場合と不必要な(できない)場合について理解しておく事は重要です。

  • ※1: 第22話~第32話ではトランジスタの出力側を定電流源として解説したので内部抵抗値の大小関係が逆転しています。
  • ※2: 電源インピーダンスと負荷抵抗の関係のみを考慮した効率で、実際のトランジスタ増幅器の効率は、この値よりも悪くなります。
  • ※3: 線路に損失がある場合は特性インピーダンスが複素数となり虚数分は電力を消費します。

2. 入射波? 進行波?

読者の方から次のようなご指摘がありました。(原文のまま掲載させていただきます)



第4話の冒頭において、

  • ここでは電磁波の伝搬と「進行波」、「反射波」、「定在波」、「特性インピーダンス」のイメージを理解してもらうために・・・
    との記載があり、「進行波」という用語が用いられています。この「進行波」については、「入射波」という意味でしょうか。
    ※「入射波」、「反射波」については、
  • 伝送路上の距離
  • 時間
    との2変数関数であり、距離が一定の地点で考えた場合(偏微分に相当)でも時間の経過とともに「入射波」、「反射波」は共に「進行」しますので、「進行波」ではないでしょうか。
    これに対して、「定在波」は「入射波」と「反射波」とのベクトル合成(相互の干渉)により生じるものであるが、合成波は時間が経過してもその距離的位置は変わらないため、「進行波」ではないものと考える。


  • 普段、何気なく使っている言葉なのですが、確かに日本語として正しくない気がしましたので整理してみました。


    言葉のグループとしては項番1と項番2、項番3と項番4がそれぞれ対になっています。
    本連載ではforward wave(またはforward energy)を進行波、reflected wave(またはreflected energy)を反射波と訳して使用しました。これは方向性結合器で良く使用される表記方法です。Sパラメータ(散乱パラメータ)は各ポートに入る波と出る波で定義されるので、英文でも和文でも「入射」、「反射」と言う言葉が使用され、一方で給電線路(伝送線路)の場合、信号源から負荷に向かって進む波と負荷から信号源に反射された波という概念から、英文ではforward waveという言葉が割り当てられていますが、日本語では進行波と訳して使用している例が多いのではないかと思います。一方で「進行波=traveling wave」という言葉は「定在波=Standing wave」の対語ですので、ご指摘の通り紛らわしい表現であることは事実です。「forward wave」の良い日本語訳をご存じの方がおられましたらご教示いただければと思います。

    3. 結局インピーダンスとは何か

    回路の世界では電圧と電流の比がインピーダンス、電圧と電流の積が電力です。同じ大きさの電力(電気エネルギー)であっても、その電圧値と電流値の組み合わせは様々です。その電気エネルギーのプロファイルがインピーダンスだと私は理解しています。電力伝送の世界では電力のプロファイルと負荷や伝送路のインピーダンスが一致しないと損失が発生します。これは自動車のエンジンと車輪の間に変速機がないとエンジンの出力が車輪に全て伝わらないのと同じ現象です。

    同様に電磁気の世界では、電界と磁界の比がインピーダンス、積が電力密度(ポインティングベクトル)です。同じ大きさの電磁波(電磁エネルギ-)であっても、電界の大きさと磁界の大きさの組み合わせは様々であり、この電界と磁界のプロファイルを示すのが空間の波動インピーダンスや線路の特性インピーダンスです。そして回路の世界のインピーダンスと電磁気の世界のインピーダンスは連続した概念です。(電気回路の概念が電磁気の概念の一部分なので、当たり前の話ですが・・・)

    ちなみに自由空間の波動インピーダンスZ0


    (式3-1)

    になることは第35話の(式4-1)で述べました。ε0は真空誘電率で8.85×10-12[F/m]、μ0は真空透磁率で1.26×10-6[N/A-2]でした。単位が[F(ファラド)]や[N(ニュートン)]で組み立てられているので、これらをSI(国際単位系)の組立単位に展開すると以下のようになります。

    【誘電率】F→A2s4/(kg・m2)なので、F/m→A2s4/(kg・m3)
    【透磁率】N→kg・m/s2なので、N/A-2→kg・m/(A2s2)

    となります。従って誘電率と透磁率の積は、s2⁄m2 すなわち速度の2乗の逆数という次元の値となります。実は誘電率と透磁率の積の平方根の逆数は波の進む早さを表しており、真空誘電率と真空透磁率の積の平方根の逆数は


    (式3-2)

    となり、光の速度(=2.99792458×108[m/sec])を表しています。波動インピーダンス、特性インピーダンスという物理諸元は電磁波の伝搬速度に由来しているという事を感じていただけましたら幸いです。このあたりの詳しい話は、大分古い本ですが、文献(1)に優しく解説されていますので、興味のある方は図書館等で検索してご一読ください。

    4. まとめ

    3年4ヶ月に渡って「インピーダンス」をテーマに連載させていただきました。「何故インピーダンスマッチングは必要か?」という話題に始まって、途中増幅回路のSパラメータやNFマッチの話にも寄り道して、最後は特性インピーダンスと光の速度の関係で締めくくらせていただきました。3章に記載したとおり、インピーダンスとは、そこを伝搬できる、あるいはそこで消費できる電力(エネルギー)のプロファイルであり、相手に併せて接続するという行為がマッチングとご理解いただければ良いのではないかと考えます。

    先月も書きましたが、「Mr.Smithとインピーダンスマッチングの話」は本号を持って、一旦休刊とさせていただこうと考えます。今後、インピーダンスマッチングというテーマについて、読者の方から「こんな話を聞きたい」というご要望や、過去の掲載に対するご指摘があれば、不定期で記事を掲載させて頂こうと思いますので、ご要望やご指摘がございましたら、月刊FB NEWS編集部にお寄せ頂けますと幸いです。宜しくお願い申し上げます。

    この連載が少しでも読者の皆様の業務や趣味の糧になったなら幸いです。末筆になりましたが、ご愛読いただきまして有り難うございました。

    【参考文献】
    (1) 後藤尚久著「電磁波とは何か」(ブルーバックスB-563) 講談社 1984年3月20日

    お知らせ
    来月からは「無線と回路の今更人には聞けない話」と題して新連載を始めます。

    無線工学や電子工学に関して
    ・「そんなの常識」と思っていたけれど、いざ後輩から質問されると説明できないような事
    ・「そんなの判っているよ」と思っていたけれど、改めて調べたら目から鱗だった事
    ・「大学で学んだけど、よく解らなくて」でも今まで何とかなってきた事

    といった、中堅エンジニアにとって「今更人には聞けない話」を筆者の主観で選んで連載してみたいと思います。今想定しているテーマは以下の通りで、各テーマ10~20話程度に掘り下げてお話したいと思っています。
    (1) サイン波のかけ算      : 無線通信機の基本はサイン波のかけ算・・・
    (2) 増幅器の天井と床の話   : 「送信出力100W」が示すもの
    (3) 無線機の性能      : 「性能の決まり方と設計方法」

    最初のテーマは「サイン波のかけ算」。増幅と発振を除けば、無線通信機を構成する殆どの要素機能はサイン波のかけ算で実現しています。来月はそのあたりを掘り下げてお話したいと思います。

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次号は 12月 1日(木) に公開予定

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