特別寄稿
2025年6月2日掲載
NPIC上空から西をのぞむ
この月刊FB NEWSに「特別寄稿」として、JA3ULS/XU7AKJ木村OMによる貴重なカンボジアのアマチュア無線の再興活動が掲載されていました。その記事をきっかけに実際にカンボジアを訪問して、おそらく無理だろうといわれていたアマチュア衛星、しかも2.4GHz帯の運用を実現することができましたので報告します。
アマチュア衛星QO-100は私にとってあまりにもエキサイティングなので、他人に黙っていられないのです。「このエキサイティングなQO-100を運用してみませんか?」と誘いたくなるのです。
DXペディションを報告するたびに、必ず誰かが「次はどこですか?」と尋ねてきます。しかし、難聴になったためパイルアップに対処することにはもう関心がもてなくなってしまいました。むしろ、このエキサイティングな衛星の世界に、友人たちを招待したい(引きずり込みたい?!)と思っています。
QO-100の可視範囲内にある東アジアの国のうち、まだ運用されていないのはごくわずかだと分かりました。
QO-100へのQRVのないアジアの国々
東アジア地図(CQ Ham radio誌2023/3別冊付録より)
・ベトナムの3W/XVはどうか?
JAMSATのメンバーがハノイに滞在しているので、情報を得ようとしたところ、「ベトナムでは衛星を使った海外との交信は通信法で明確に禁止されている」との返答がありました。
・カンボジアのXUはどうか?
1990年代にはAO-13経由でXUを追ったのを覚えていますが、この国は現在、政情不安の後の復興と発展の段階にあります。旅行ガイドブックに「アンコールワットとカンボジア」というのがありますが、プノンペンやその産業についてはほんの数ページしか割かれていません。この状況を変えられれば、と思っています。
手がかりを探しているうちに、月刊FB NEWSにXUの記事があったことを思い出しました。バックナンバーを検索したところ、最近だけでも①2023年8月号、②2024年5月号、③2024年8月号等に、カンボジアのアマチュア無線の状況に関した記事がありました。
https://www.fbnews.jp/202308/special2/
https://www.fbnews.jp/202405/special/
https://www.fbnews.jp/202408/special/
執筆者は、2017年からNPICで教鞭をとっておられた木村千良先生(JA3ULS/XU7AKJ)です。木村先生は、2024年10月に帰国され、現在は"NPIC Radio Communication Advisor"として活動されています。
いろいろお願いし、2024年11月の「アイコムフェアinならやま研究所」で、木村先生とJG2GFX種村OM(XU7AKW)にお会いする機会を得ました。NPICの詳細情報と、現地無線局の担当であるXU7AKMのソク・ウン氏(Un先生)の名前を教えていただきました。
2.4GHz、10.5GHzを使用することや、ヨーロッパ・南極まで安定した交信が可能なことから、「QO-100を無線技術と通信の訓練ツールとして活用する」という計画を、電子工学部電気通信学科長のUn先生に私から提案しました。
NPICの学長以下トップに彼の提案が承認され、学内の公式プロジェクトとして、急遽2024年末に開始されることになりました。カンボジアの新年はクメール正月の4月ですので、年末年始もメールでの打ち合わせが続きました。
NPICとは?
National Polytechnic Institute of Cambodia(カンボジア国立工業技術大学: NPIC)は、主に工学分野の高等教育の充実を目的として、2005年5月16日にフン・セン首相(当時)によって正式に開校されました。この5月で、創立20周年を迎えます。
左: NPIC Logo 右: NPICキャンパス空中撮影
- 学生数7,000名以上
- 2年制コース、4年制コース、修士コース
- 午前、午後、夜間のセッション
- 全国からの応募者には無料の寮を提供
入学初年度には共通の基礎学部を履修します。専門学部には、土木建築学部、電気工学部、電子工学部、機械工学部、コンピュータサイエンス学部、自動車機械工学部などがあり、それらがさらに学科に分かれています。また観光・ホスピタリティ学部といったソフト面の学部もあります。
NPICキャンパスはプノンペン市中心部より西方
見えなければ、プロジェクトは頓挫します。私たちは、QO-100が相乗りしている静止衛星Es’hail-2の方向と西側の障害物の有無を、複数の方法で確認しました。NPICから「方位268度、標高2.3度」の地点には、山や建物がないことが確認できました。屋上からは、西側の地平線近くまで障害物なく見渡すことができます。
ディッシュアンテナと直近に設置したいトランスバーターの最適な設置場所を探すため、何度もUn先生に屋上まで往復してもらい、多くの写真、図面、そして寸法をメールでやり取りしました。視認性を確認するためにドローンも使用されました。
ディッシュをどこに設置するか? 安定性、ケーブルの長さ、風雨からの保護、アクセスのしやすさ、周囲の物体からの熱雑音の回避など、様々な要素を考慮しての最終決定は困難でしたので、現地到着後に決定することにしました。白いタラップは、今回のために新たに設置されたものです。
計画を進めていたVK9QOの重要メンバーが、初期の段階で辞退せざるを得なくなりました。彼のような優秀なオペレーターがいなければ、私の聴力では予想されるQSOやパイルアップをうまくコントロールできません。どうすれば良いか? ヨーロッパの友人に相談して、直接訴えることにしました。「XUでのボランティア募集!」と。
驚いたことに、数時間以内にF5VMJ Pauloから肯定的な返事が届きました。もちろん、手弁当です。
2024年6月 QO-100 User Meeting
彼はQO-100移動運用に非常にアクティブで、商用衛星の運用プロフェッショナルでもあります。私は偶然、Hamradio2024でPauloと出会っていました。私たちは二人とも、「QO-100ユーザーミーティング」でペディションについてプレゼンテーションを行っていました。
AMSAT-DLは、南極DP0GVN局とのQSOスケジュールを調整することに協力してくれました。
カンボジアには、確立されたアマチュア無線システムがありませんでした。多くの外国人がコールサインを取得していましたが、肝心のカンボジアの人ではほとんどいませんでした。なお、外国人でもコールサインを取得できたのはJA3ULS/XU7AKJ木村OMのような長期滞在者のみでした。
JA3ULS/XU7AKJ木村OMは、若者の科学技術への関心を高めるためにカンボジアのアマチュア無線の復活に尽力されてきました。無線通信の知識と技能を証明するのにFCCのVEシステムを用いることで、エクストラクラスまでの資格が認定できる道が開かれ、NPICの多くの教員と学生がコールサインを取得して2017年にはクラブ局XU7AMOが設立されるまでになりました。NPIC大学当局の理解のおかげで、クラブはかなり大きなHFアンテナを備えています。ただし、許可されている最高周波数は54MHzです。
XU7AMOのアンテナ
XU7AMOのQSLカード
今回の「QO-100トレーニング」は、XU7AMOメンバー全員に衛星運用を体験させようというものです。無線規制当局であるMPTC(Ministry of Post and Telecommunications: 郵便・電気通信省)とTRC(Telecommunication Regulator of Cambodia: カンボジア電気通信規制庁)の理解が得られ、2.4GHz帯および衛星運用を含むトレーニング全体を「例外」として承認してくれました。NPICの学長も、このプロジェクトを強く支持しています。
アジアでは、VHF以上の高周波数帯や衛星通信の使用が必ずしも許可されているわけではありません。カンボジアでは、アマチュア無線は54MHz以下の周波数帯のみが許可されています。無線機器の輸出入は明確には禁止されていませんが、このプロジェクトでは入国時のトラブルは許されず、「書面による許可」が必須です。そこでカンボジアの税関規則を確認しました。
https://tools.customs.gov.kh/documents/reader/6091/16376601619761228/Anukrit%2017%20on%20
「無線機器の輸出入にはMTPCの承認が必要」と記載されていますが、「非商用の私物には適用されない」ともされています。この免除に該当していることを確認するため、NPIC学長からのトレーニング指導講師への招待状にこの旨を記載し①、TRC経由でMPTCに申請し②、MPTCから持ち込み・持ち出しの承認③を受けました。Google翻訳 [クメール語 <-> 英語] 使用して、およその内容は理解できました。
入国手続き
到着前1か月から、「e-Visa」を申請し、到着の1週間前から「e-Arrival」を届け出ます。滞在ホテル・住所は「NPIC」にしました。入国審査カウンターでe-Visaとe-Arrivalを提示し、両手の親指の指紋を登録します。税関では、自信を持って「Nothing to Declare(申告不要)」のグリーンレーンに入りました。今回は特に書類の提出は求められませんでした。
入国手続き
この図はQO-100システム全体を示しています。HF伝搬とは異なり、衛星は完全に独立したアップリンクチャネルとダウンリンクチャネルを使用します。
これはQO-100地上局のブロック図です。機能、特性、重要なポイントについては、事前の講義で説明されています。組み立てと配線を容易にするため、コネクタの種類、ケーブルの種類、長さを記載しています。
衛星ビーコン信号を捕捉し、アンテナの方向を調整する最初の第1ステップでは、TRVとともにIC-9700もアンテナの近くに設置します。これにより、IC-9700の画面に表示されるウォーターフォール表示を見ながら、アンテナを衛星に向ける微調整が容易になります。
第2ステップとして、夜間の快適なQRVのためにIC-9700を無線室に移動することも検討しましたが、1.2GHzと144MHzで25m以上の同軸ケーブルが必要になります。最初のテスト運用後、信号ロス、時間ロス、そして機械的な故障の可能性を避けるため、運用場所は変更しないことに決めました。また日没後は、屋上の環境もそれほど悪くありませんでした
文書での許可の入手にこだわったため、QRV情報は、すべてのドキュメントがクリアされた後にのみ公開すると決めていました。結果的に、発表は開始のわずか1週間前となってしまい、ヨーロッパの仲間をやきもきさせました。
カンボジアアマチュア無線グループ(CAMRG)サイトでの公式発表
QO-100 Dx Clubニュース
3月5日にCAMRG.comで「XU7AMOからQO-100へ」が正式に発表されました。その後すぐにQO-100 Dx Clubのニュースが続きました。
3月13日午後、無事プノンペン空港から入国
空港では大きな横断幕とIDカードに迎えられました。電子工学部の壁には「QO-100衛星通信訓練」のポスターが貼られています。
プノンペン空港での歓迎
プロジェクト横断幕
滞在中、寄宿舎棟の「VIPルーム」に宿泊することになりました。朝食と昼食はカフェテリアで提供されます。夕食はカンボジアの家庭料理に近いものをいただきました。とてもマイルドで体に良さそうで、私は気に入りました。(辛すぎないのがいいです)
左: 展示されたNPICキャンパス模型 右: NPIC寄宿舎棟
講義は主に午前中に行ない、実習(QRV)は主要な可視範囲(ヨーロッパ)の時刻に合わせて午後に行うことにしました。午後遅くや深夜、土日の運用も許可されています。講義の資料は、サーバーを介して学生に事前に共有されました。
JA3GEPとF5VMJによる合わせて12の講義では、アマチュア衛星の歴史、技術的な詳細からQSOの方法まで、幅広い内容が取り上げられました。
講義室は最大100名ほどを収容可能で、様々な回路基板や無線機・ユニットが受講生を取り囲むように展示されていました。講義室のホワイトボードの前に、持参した衛星局の機器やユニットを箱から出して展示し、休憩時間に受講生が自由に実際に触ったり、細部を観察することができるようにしました。
JA3GEPの講義
左: F5VMJの講義 右:ユニットを展示するJA3GEP
初日の基礎講義終了後、機器やユニットを屋上ポンプ室の西向きの空きスペースに手分けして運びました。そこは地上局の設置に最適な場所であることがわかりました。このスペースは夜も明るく、雨風の影響を受けにくい構造です。安定性を確保するため、1.2mのパラボラアンテナを支える4mの三脚の先端は天井に固定されました。
左: 6分割パラボラアンテナの組み立て 中: パラボラアンテナを西向きに設置 右: ポールの先端を天井に固定
左: ラジエーターをオフセットスクエアパラボラアンテナに設置 右: F5VMJ SDRユニット
3m間隔で2つのシステムを設置しました。マイクを握るオペレーターの周りには10人以上の参加者が集まり、順番を待つ状況が続きました。皆で交信を聞くため、当初はヘッドフォンを使用していませんでしたので、QO-100からの音声のループバックによりエコーが発生し、聞き取りにくくなることがありました。これは改善が必要です。
左: 1.2mパラボラアンテナ+TRV#3+、IC-9700の接続 右: IC-9700の操作と運用の指導
運用での「Listen Five Up!」を理解してはいましたが、オペレーターが興奮しすぎて、意図せず受信ダイヤルを自局周波数に合わせて動かしてしまうことがありました。申し訳ありませんでした。学生たちは運用にとても熱心です。
金曜日の午後には運用指導のため、オーストラリアからVK6DX Zeljkoさんが駆けつけてくれました。
左: オーストラリアからVK6DXも応援に駆け付けた 右: Un先生も交信に参加
午後も遅くなると、強い西日の日差しでPCが過熱しフリーズしたため、SDRコンソールを空調完備の無線室に移動させなければなりませんでした。しかし太い同軸ケーブルは必要ありません。事前に予備として設置されていた30mほどのLANケーブルをつなぐだけで可能でした。
夜間にもQRVする予定でしたが、QSBによる信号の落ち込みが激しいためQRTせざるを得ませんでした。
F5VMJスクエアパラボラアンテナのセットアップ+SDRコンソール
左: 初めてのSDRコンソールによる交信 右: SDRコンソール画面
左: 月明かりに照らされたアンテナタワーと運用サイト 右: 夜間のQRV
・2025年3月13日 08:00 UTC 予定通りQRV開始
・ドイツの4局と45分間のQ&Aセッション
・南極のDP0GVNと45分間のQ&Aセッション
・IC-9700とSDR2の2システム同時運用
・4日間で合計535回QSO 交信相手: 49エンティティ、411局
・長距離記録: PP2RON Ron 17,180.25km
・43名にトレーニング完了証を発行
左: DD1US「宇宙からの声」アーカイブ 右: ブラジルPP2RON局の長距離記録
上記2つのQ&Aセッションは、以下のサイトで視聴できます。
https://www.dd1us.de/spacesounds%202h.html
QO-100/Es’hail-2で「Nov.15th,2018 Launch」を検索してください。
左: DXCCエンティティ別の局数の集計 右下: DXCC大陸別の集計
最終日の午後、NPIC学長と200名を超える学部関係者に対し、私たちの活動と成果の報告会が開催されました。43名の学科からの受講者には「修了証書」が授与されました。
左: 修了証書授与式 右: 活動と成果の報告
私たちにもトレーニング指導に対し、感謝状と記念盾が贈られました。思いがけない名誉となりました。
左: 修了証書を授与された皆と 右: 記念の盾
このプロジェクトは、NPIC学長およびトップの支援と、MPTCおよびTRC当局のご理解によって実現しました。
QSLカード (Photo面)
QSLカード (Data面)
アマチュア無線関連機関/団体
各総合通信局/総合通信事務所
アマチュア無線機器メーカー(JAIA会員)
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