2014年12月号

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KN6RJ 坂本正彦さん

米国ロサンゼルスに在住の坂本さん。アマチュア無線を始めたきっかけは、日本で大学生の頃、車同士での連絡に便利という単純な理由でライセンスを取得し、JR6MTYを開局した。しかし、いざ始めてみたところ面白くなり、車にHF機を積んでモービルHF運用を始め、そして固定シャックでは、大家さんの許可を取得し、屋根の上に5バンドバーチカルを上げてDXも楽しむようになった。

その後、坂本さんは、海外青年協力隊員として1981~1983年にフィリピンに滞在した。その際、仕事が縁で計らずもDU1GFジョージ氏をはじめ、多くのローカルハムと出会い、機会を得てDX1GFやDU1MRCのゲストオペとしてマニラからQRVすることができた。当時はまだインターネットも研究段階で、一般には全く普及しておらず、発展途上国からでは電話も簡単には繋がらない状況の下、「アマチュア無線で日本の局と通信できたことはすばらしかったです」と話す。


1982年3月、マニラからDX1GFをゲスト運用中


1982年5月、休暇中にビーチで椰子の木陰からDU1MRCをゲスト運用中

その後、1983~1987年に中東のバーレーンに滞在した時は、アマチュア無線を始めようにもコネも無かった。たまたま街中の民家の屋上に上げられていた八木アンテナを見つけ、ベルを鳴らすも不在だったために手紙を投函しておいた。すると後日、その局から連絡があり、ARAB (Amateur Radio Association of Bahrain)へ誘われ、時間は要したもののA92ESを取得でき、これが同国では日本人として初めての開局となった。


A92ES のシャック TS820ラインでHF、それに144MHzレピーターを運用、
レピーターは湾岸諸国をカバーし、ペルシャ湾を航行中の船ともQSOできた。

1990年にロサンゼルスへ渡ってからは米国のライセンスを取得してKN6RJで開局、SCJHC(南カリフォルニア日本人ハムクラブ)に入会し、現在も継続して活動している。米国での運用で特に印象に残っているのは、1996年、14歳でヨットで太平洋最年少単独航海を成し遂げた 高橋素晴氏が米国に向けて航海中、日本のサポートグループと連絡が取れなくなったとき、USコーストガードに安否の確認を依頼して、西海岸Point MuguのUSコーストガードから21.437MHzで呼びかけてもらったことがあり、この日は「ハムバンドにコーストガードが出てきた」、ということでちょっとした話題になったことだという。高橋氏はそれからしばらくして無事にサンフランシスコへ到着し、最年少記録を達成した。

「アマチュア無線をやってきて良かったことは何と言っても人との出会いです。無線をやっていると日本中、世界中、何処ででもすぐに友達の輪がひろがります。 一口にアマチュア無線家と言っても、その楽しみ方は多岐にわたり、また職業、年齢も千差万別、そして、このハムのネットワークは直接の利害関係を持たないため永く継続することができます」、と坂本さんは話す。

現在坂本さんは、週末のJANETへのチェックイン、オケラネットやシーガルネットのワッチ、EU方面に向けてのCQDXを楽しんでいる。また、車好きの坂本さんは、車4台とバイク8台を所有し、年間を通して天気の良いロサンゼルスでモービル運用や、ライディング、古いバイクのレストア等を幅広く楽しんでいる。


趣味のオートバイとサイドカー、144/430MHzのハンディ機を搭載している。
走行中は夫人のKD6EPLが運用し、坂本さんはインカムでモニターする。

「リタイア後には、昔滞在した国をゆっくりと巡ってみたいです。ナイジェリア、フィリピン、バーレーン、それぞれ長期間滞在し思い出のある国々です。また、キャンピングカーで無線をやりながらの北米大陸横断や、バイクでヨーロッパの国々を巡る旅をしてみたい、そしてその時のためにもDXで友達をたくさん増やしておきたいと思っています。」と、坂本さんは将来の夢を話す。

このコーナーでは、アマチュア無線の様々な楽しみ方に挑戦するハム(アマチュア無線家)を紹介します。
自薦も歓迎しますので、info@fbnews.jpまで、写真1、2点と紹介文(300字以内程度)を添えてご送付下さい。
採用させていただきました方には粗品を差し上げます。
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