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熊野古道みちくさ記

第49回 時代の節目を作った田辺湾(田辺市)

熱田親憙

当コラムの開始当時、田辺観光ボランテイアガイドの会代表で戦中派だった畑上守世さん(故人)の案内で、田辺市の文里港(もりこう)に、知られざる現代史の顔がある事を知った。文里港は田辺湾の奥に位置し、戦後、南方引き揚げ者の引揚港だった。県道文里湊線と県立神島高校に挟まれ、桜の木が見事な公園に建てられた海外引揚者上陸記念碑に、その有様が述べられている。引揚者しか分からない生還の喜びと、戦後日本の平和な暮らしへの感謝と喜びを確認し、植樹したのであろう。

碑文には「太平洋戦争終結により、海外から軍人、軍属、一般邦人630万人が引き揚げた。昭和21年、ここ田辺港も国の引揚指定港となって、田辺引揚援護局が開設され、4か月間で南方方面からの引揚者22万332名、遺骨1万1469柱が故国に上陸した」(抜粋)とあった。更に「田辺は戦時中海兵団が居り、戦災も僅かで、引揚業務に適地とみなされた。上陸した引揚者は宿舎に移動し、検疫、DDT散布,入浴、夕食など、郷里へ帰る準備が行われた。引揚証明書と乾パンを配給されて、紀伊田辺駅から列車で帰郷した」と付記されていた。

ちまたのうわさによると、人気映画俳優となった池部良も田辺港に上陸し、キビキビした行動が印象的だったという。戦争は結局、武器を持たない弱い国民に最もしわ寄せがいき、多くの犠牲者も出た。それでも外地でご苦労された方々の尽力もあって、本土で暮らしていた私たちが、なんとか生き延びることができたことを忘れてはいけない。当時を少しでも知る私たちは、戦争のない平和の大切さを語り継ぐ義務があると思う。現在の文里港には、海上保安庁の艦船が停泊し、海の安全を守っている。

田辺市の持つ、もう一つの顔が「ナショナルトラスト運動発祥の地」だ。日本では事例の少ない未来志向の自然保護方法で、田辺市の天神崎で実施された。きっかけは1974年、海岸の森の一部に別荘が建つ計画を知った県立田辺商業高校(現神島高)の教員の呼びかけで「天神崎の自然を大切にする会」が発足したことに始まる。背景には、南方熊楠が闘鶏神社本殿裏の仮庵山のクスの乱伐採を叱り、「クラガリ山・密林」として、保全しようと呼び掛けたという史実もあるのだろう。

天神崎の海岸は干潮時、変化に富んだ岩礁が現れる。また丸山灯台を望む岬の広場や日和山に生育する暖地植物群落や照葉樹林は自然生態系を形成する。「大切にする会」はデベロッパーからこの土地購入し、日本のナショナルトラスト発祥の地と宣言。誇らし気に子供たちに自然観察を呼びかけている看板が立っていた。私が訪れた時も春陽を受け、干潮時の岩礁は平らな地磯となり、磯釣りや磯遊びに興じる家族、サーフィンから戻ってきたカップルらが、のどかな時を過ごしていた。

CO2排出規制が厳しくなった昨今、ナショナルトラストの持つ意義は大きい。こんな顔を持つ田辺市は、南から流れ込む黒潮の恩恵で温暖な地。未来志向の自然保護運動を始めるには、最適と思われた。


スケッチ;天神岬の丸山灯台と干潮時の海岸(田辺市)

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