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熊野古道みちくさ記

第52回 淡嶋神社の雛流し (和歌山市加太)

熱田親憙

3月3日は雛(ひな)祭り。娘たちの成長と共に、家が手狭になったため内裏雛のみを飾り、雛ずしを作って祝ってきた。今年は趣向を変え、和歌山市加太の淡嶋神社の雛流しの神事を訪れることにした。

行事は正午から始まる予定だが、11時過ぎには見物客でいっぱいとなっていた。本堂には緋毛氈(ひもうせん)の敷かれた雛壇に、全国から奉納された御用済みの雛が天井高く鎮座していた。本堂を取り巻く回廊は、艶やかな博多人形や髪が自然に伸びると騒がれているお下げ髪の日本人形が並ぶ。回廊の下や植え込みにも家を守ってくれた小動物の焼き物などが整然と置かれている。「処分が大変だろう」と思うが、今日は考えない。

雛流しのルーツをたどると、中国に行き着く。3月3日または3月上旬に、水辺でお祓(はら)いをする習わしがあった。その行事が日本に伝わって、雛形に人間の罪、穢(けが)れを託して流すお祓いの儀礼となった。

平安末期から人形が装飾的な「雛」に変化し、3月3日が女児のお祭りとなった。しかし、中国・近畿地方で雛祭りの終わりに人形を川や海に流す風習が続けられた。禊(みそ)ぎのこころを大事にしていたようである。

神事は12時、宮司による修祓の儀で始まる。巫女たちによって3艘の舟に丁重に乗せられた「雛たち」は、女性限定の信者や有志に担がれて、行列の主役となった。鳥居を出た行列は500mほど海岸線を行進して雛流しの桟橋につく。この海岸線は、朝からひな流しを一目見ようとする老若男女、母子、カップル、遠足と授業を兼ねた小学生の団体などで埋まっていた。

私は雛舟が海に進水する桟橋上の神事を加太湾全風景の一つとして捉えたいので、少し桟橋から離れたところでスタンバイした。目の前に通る雛たちを身近にみると、目は生き生きとしており、流される悲壮感はみじんも感じられない。私の内には心なしか葬送感が漂い、心のギャップが埋まらないままに雛の列は過ぎって行った。

加太湾は雲一つなく、海面は真っ青。丁度引き潮となって岸辺には小さな岩礁が顔を出し、一面に巻きついた岩のりが風光を一身に受けていた。最後の祝詞が終わると、静かに雛舟は桟橋をすべり下りて海面に浮かぶ。へさきにくくられた桃の花と菜の花がさざ波に揺れ、ゆりかごのように進みはじめた。3艘の雛舟が一列になって友が島を背景に沖の方向に導かれていくこの姿は瀬戸内の神々に導かれた神事そのものである。本来なら、見送る人びとの視界から雛舟が見えなくなった時、冥福を祈って神事は終わるのである。

しかし地球環境の問題から、現実の雛舟は海上から回収されて浜辺で焼かれる。目パッチリの人形が煙に巻かれて突然灰に化して、荼毘(だび)に付されたのを目の当たりにし、不思議に心も穏やかになった。

加太の向かいにある深山の国民休暇村ホテルのベランダに立つと、加太湾を囲む岬や島々が西日に美しく映え、今日の雛流しの行事を温かく迎えて入れているようだった。


スケッチ;雛流しの儀式にて(和歌山市加太)

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