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アマチュア無線の今と昔

第47回 浦島太郎になって迷っているカムバック組の皆様へ

JF1KKT 横田勝彦

2026年10月1日掲載

連載47回目になります。早いものでこの原稿が皆さんのお目にかかるときにはもう10月です。今年も残すところ3ヶ月しかありませんhi

皆さんの今年の計画は順調に進んでおりますか? 私はなかなか年始の計画通りには進んでいません。なんとか残り3ヶ月で軌道修正できればと思っております。こんなことを書くと、ローカルさんから「そんなことはいいから早くやれっ!」って怒られそうですhi

シルバーウィークはいかがでしたでしょうか? 東京近郊は台風の影響で大雨が続いておりました。今年は大雨によりあちこちで水害が発生しておりますが、皆さんのところはどうだったでしょうか? 風は思ったよりも強くなくてアンテナの被害は少なかったように思いますが、アパマンハムのムセンと車の第48回でも書きましたが、水による被害が思ったよりも大きかったように思います。

さて、来週末の10月10日から10月11日には今年最後の大規模国内コンテスト「全市全郡コンテスト」が行われます。24時間、しかもHFからSHF帯までのオールバンドです。社団局はそれこそ総力戦になると思います。コンテストナンバーも長いので、日頃のオペレーションテクニックの勝負にもなるかと思います。参加を予定されている方、ぜひコンテストでお会いしましょうhi


コンテストでお会いしましょう

電波と音に魅せられた男たちの軌跡
〜ケンウッド、マランツ、アイコム、八重洲無線の社名と沿革〜

さて、急に昔話を書きたくなったのは、まさか歳のせいではないでしょうけど、ここらで自分としてもまとめておきたいと思いましたので、ちょっと書いてみます。読み物として楽しんでいただければ幸いですhi

さて、アマチュア無線の世界を牽引し、時代と共にその名(社名)を変化させながら進化を続けてきた4つの名門ブランド——「ケンウッド」「マランツ」「アイコム」「八重洲無線」の歴史を紐解いてみましょう。そこには、技術に情熱を注いだ男たちのドラマが隠されています。

◎「春日」から「トリオ」、そして世界へ: ケンウッド(KENWOOD)
1946年、戦後の長野県駒ケ根市(現)で、春日仲一氏・二郎氏兄弟らによって産声を上げたのが「有限会社春日無線電機商会」です。当初はラジオの部品製造から始まりましたが、彼らの目標は常に「より良い音、より良い電波」を追求することにありました。

やがて高周波技術とオーディオ技術で頭角を現した同社は、1960年にブランド名として親しまれていた「トリオ(TRIO)」を社名に採用します(トリオ株式会社、トリオ商事株式会社)。アマチュア無線機では「トリオ」、オーディオ機器ではパイオニア、サンスイと共に「オーディオ御三家」と呼ばれるほどの黄金時代を築き上げました。

しかし、彼らの目は日本だけにとどまらず世界を向いていました。海外市場での響きの良さと洗練されたイメージを求め、1970年代から海外向けに使用していたブランド「KENWOOD」を、1986年に思い切って社名へと変更。「株式会社ケンウッド」が誕生します。現在は日本ビクター(JVC)と経営統合し、「株式会社JVCケンウッド」として、車載機器や無線通信分野で世界中にその名を轟かせています。

私が個人的に思い出に残っているのは、エフエム東京(通称TOKYO FMですね)の毎時の時報で流れる「ステレオトリオ~」というCMです。これでTRIOの名前を覚えたといっても過言ではありません。その後、広告宣伝畑に進んだ私にとって、「あの広告費ってどんなもんだろう? 費用対効果は良かったんじゃないのか?」なんて思ったりしましたhi

あと、音響機器メーカーであるアキュフェーズが元トリオの流れをくんでいると知ったのは、実はアマチュア無線休眠中時代です。世の中の流れって複雑なんだな~って思いましたし、自分が立ち上げた会社を辞めるって、どんな気持ちなんだろう? って思ったりもします。


JVCケンウッドのフラッグシップ TS-990(JVCケンウッドWebサイトより)

◎太平洋を渡り、日本の技術と融合: マランツ(Marantz)
マランツの物語は日本ではなく、1953年のアメリカ・ニューヨークから始まります。音楽をこよなく愛するソウル・B・マランツが、自宅の地下室で作り上げたプリアンプがすべての原点でした。彼の作るオーディオは「芸術品」と称されるほどの完成度を誇りました。しかし、高品質ゆえのコスト高に悩まされ、ブランドは米国企業のスーパースコープ社に買収されます。そこでマランツ製品の製造を委託されたのが、日本の「スタンダード工業」でした。スタンダード工業は、トランジスタラジオや「スタンダード」ブランドのアマチュア無線機や業務用無線機を製造していた確かな技術力を持つ企業です。

日本の技術者たちは、マランツの厳しい要求に見事に応え続けました。その結果、スタンダード工業はマランツブランドの開発・生産の拠点を担うようになり、1975年には社名を「日本マランツ株式会社」へと変更。「アメリカ生まれ・日本育ち」の稀有なオーディオブランドの誕生です(無線機の「スタンダード」ブランドはそのまま継続)。その後、2002年にはデノン(DENON)と経営統合して「D&Mホールディングス」となり、現在も高級オーディオの代名詞として世界中のオーディオファンを魅了し続けています。一方、アマチュア無線通信機事業は、1998年に八重洲無線株式会社に譲渡され、マランツの技術は八重洲無線の製品に引き継がれています。

私の個人的な感想ですが、日本マランツの拠点が私の自宅の近所である神奈川県相模原市南区にありました。でも、今ではタワマンが多数立ち並んでいる地域になっています。もともと標高が高くロケーション的にも恵まれているところですので、「このタワマンの高層階に住めば、V/UHFは遊べるなぁ」なんて思ったりしました。現にこの地にあったレピーターは凄く広範囲をカバーしており、近隣のレピーターと混信していた思い出があります。


こんな固定機あったんですね。スタンダードC50

◎「井上」の情熱がそのままグローバルスタンダードに: アイコム(ICOM)
関西から純粋な技術への探求心だけで世界へ羽ばたいたのがアイコムです。1954年、創業者である井上徳造氏が「自分自身が欲しいと思える最高の無線機を作りたい」という情熱を胸に、京都府で「井上電機製作所」を創業しました。

拠点を大阪市に移し、その後アマチュア無線機の製造に特化し、画期的なトランジスタ化を推進。その高品質な製品は、たちまち無線家たちの間で評判となります。この時、Inoue Communicationsの頭文字を取って名付けられたブランド名が「ICOM(アイコム、当初の一時期はイコム)」でした。

製品が世界中で愛されるようになるにつれ、ブランド名と社名を統一する動きが自然と生まれます。1978年、社名を正式に「アイコム株式会社」へと変更。他社がM&Aや多角化で名前を変えていく中、アイコムは創業者の名前と通信(Communications)への思いを込めた名前をそのまま受け継ぎ、現在もアマチュア無線から陸上・海上・航空業務用の無線通信機器までを網羅する、無線通信機器の世界的トップメーカーとして君臨しています。

個人的には思い入れが深いメーカーです。私がICOMというブランドが好きだという話をアメリカの知人にしたら、「ICOMは俺が命名したようなものだ」という話も聞きました。もちろん偶然(もしくはジョーク)なんでしょうが、その知人の会社が○○COMだったので、そう言っていたのかも知れません。今考えると、ICOMの方が古かったようにも思いますがhi


個人的にはいちばん驚いたIC-780(アイコム本社ショールームで撮影)

◎「八重洲」への帰還、ブランドへの深い愛: 八重洲無線(YAESU)
東京・八重洲。日本のビジネスの中心地であるこの場所の名前を冠した企業があります。1954年、長谷川佐幸氏によって創業し1964年に商号を変更した「八重洲無線株式会社」です。「YAESU」のロゴが入ったアマチュア無線機は、その堅牢性と高い技術力で、アイコムやケンウッドと共に世界中のアマチュア無線家から熱狂的な支持を集めました。

しかし2000年、通信機器の総合メーカーとしてさらなる飛躍を目指すため、八重洲無線は大きな決断を下します。1998年にマランツ(日本マランツ)から譲り受けていた通信機器ブランド「スタンダード」の名を冠し、社名を「株式会社バーテックススタンダード」へと変更したのです(1998~2000年は「株式会社スタンダード」)。

その後、米モトローラ社との資本提携などを経て、事業体制は大きく変化します。しかし、アマチュア無線部門の魂は「YAESU」という名前に強く結びついていました。2012年、モトローラとの合弁解消・事業分割を機に、アマチュア無線事業等を担う会社としてなんと「八重洲無線株式会社」の社名が復活を果たします。一度失われた伝統の社名が、再びファンの前に戻ってきたこの出来事は、多くの無線家たちの胸を熱くしました。

八重洲無線といえば1970年代のFT-101シリーズが印象に残っています。当時の憧れでもありました。今、仕事等で東京駅八重洲口を訪れることがしょっちゅうありますが、ここを通る度に「YAESU」の文字が浮かんできますね。


八重洲無線のフラッグシップ FTDX101MP(八重洲無線Webサイトより)

技術の進化やグローバル化の波に揉まれながらも、時には洗練された名前へと姿を変え、時には伝統の名前へと立ち返る。彼らの社名の変遷は、単なる企業の歴史ではなく、「世界中の人々に最高の音と電波を届けたい」という男たちの執念の物語そのものです。

なおご意見、ご感想、ご質問等については、筆者である私宛(jf1kktアットマークgmail.com)へご連絡頂けますと幸いです。

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