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海外運用の先駆者達 ~20世紀に海外でアマチュア無線を運用した日本人達~

その107 オセアニアの珍しい島々での運用の数々 1997年(3)

JA3AER 荒川泰蔵

オセアニアの珍しい島々での運用の数々

今回は1997年のオセアニアですが、7K3EOP戸倉典子さん達のウィリス島や、JA3ART海老原和夫氏達のマーシャル諸島、JA3IG葭谷裕治氏のクーレイ島など珍しい島々で、団体での運用が目立ちました。葭谷氏はミッドウェー島のレポートも寄せてくれていて、JF3PLF杉浦雅人氏や、JH6RTO福島誠治氏のハワイでの運用レポートもあり、オセアニアでの豊富な内容です。尚、今月の「あの人は今 (第32回)」は、JA3ART海老原和夫氏の紹介です。

1997年 (ウィリス島 VK9WY)

7K3EOP戸倉典子さんは、オーストラリアの無人島、ミドルウィリス島でのDXペディションに参加したとアンケートを寄せてくれた(写真1及び2)。「1997年9月9日オーストラリアのケアンズを出発、250マイルを30時間かけて、今までオペレートされた事のない、無人島ミドルウィリス島のDXペディションに参加しました。ウィリス島は、今までオペレートされた事のある、気象台のあるサウスウィリス島の他、ミドルウィリス島(無人島)と、ノースウィリス島(無人島)があります。今回は波が高くノースまで行けませんでしたが、WA1S (YL), IV3FSG (YL), VK4MR, VK4FW, VK2AEA, AF7O, K6KM, FK8GM, VE5RAに、私7K3EOPの6ヶ国、10人の国際チームで出かけました。


写真1. (左)左から 7K3EOP戸倉さん、IV3FSG, Elviraさん、VE5RA, Dougさん、WA1S, Annさん。(右)VK9WMとVK9WYのQSLカード。

63フィートの船をチャーターし、持って行ったものは、YAESU FT-1000MP 4台、FT-920 2台、FL-7000 4台、FT-2100B 1台、ジェネレーター6台、テント7つ、3エレ 3本、R5 2本、バーチカル2本、食料、冷蔵庫2台で、2トンの荷物とガソリンはドラムカンで5本、水3本という大掛かりなペディションでした。島には木は一本もなく、数種類の草が生えているだけで、カツオドリと大きなヤドカリが沢山いました。OMのコールサインVK9WM、YLのコールサインVK9WYとで、HFオールバンドで42,000局以上のQSOが出来ました。無線は勿論の事、全員すばらしいメンバーに恵まれ、お互いに助け合いながら、思い出深い国際交流が出来た事に大きな喜びを感じています。(1997年10月記)」


写真2. (左)テントのそばで暮らしていたカツオドリの親子。その右手沖合にチャーターした63フィートの船。左手にディンギーが見える。これで何度も荷物を運んだ。
(右)私も時々オペレートした小テントと3エレ八木アンテナ。大テントから100m位離れている。

1997年 (マーシャル諸島 V73AR)

JA3ART海老原和夫氏は、DXバケーションチームに参加して、マーシャル諸島のマジュロ島で、V73ARの免許を得て運用したと、アンケートを寄せてくれた(写真3~6)。「JARL京都クラブ(JA3YAQ)創立50周年記念行事としてV73(Majuro Is.)からの運用に参加しました。V73を選択した理由は私が長年にわたりお付き合いのあったJA3JA早崎氏が、半年ほど前にこのV73から運用されていて、その時のINFOをいただけたからです。参加者はJA3AJ(V73MM)、JA3ART(V73AR)、JH3QNH(V73NH)、JH3TXR(V73TX)の4名となり、それぞれの日程を調整して出発は1997年8月5日、帰国を8月15日と決め、ただちに航空券の手配、ホテルの確保、運用ライセンスの申請など、準備作業を始めました。一番の問題は運用ライセンスの申請ですが、前述のJA3JA早崎氏から紹介いただいた現地常駐局で弁護士でもあるV73EHミルトン氏に、現地テレコムへの根回しをお願いしました。


写真3. (左)お世話になったV73EHミルトン氏と職場の裁判所でEyeball。(右)現地テレコムの建物。

以降は直接テレコムの担当者トニー氏とコンタクトをとり、申請料5USドルの他、必要書類を郵送しました。郵便事情は悪くエアーメールで片道2週間かかりました。Faxで送られてきた領収書にはThis is the credit callsignとそれぞれに発給されたコールサインが手書きされていました。運用するホテルも早崎氏から推薦頂いたRoyal Garden Hotelに2部屋を確保し無線機2セット、リニアアンプ、RTTY用パソコンなどをセット、220Vの電源はエアコン用コンセントから供給しました。部屋代は素泊まりで95USドルでした。


写真4. (左)免許状代わりになった、コールサイン入りの免許申請料の領収書。(右)V73AR海老原和夫氏のQSLカード。

アンテナの設置は芝生が張られた広大な敷地があり、高い建物もなく海岸にも近くロケーションは抜群によい条件で問題ありません。レストランでの食事もODA事業での架橋工事などで一時期日本人が多く滞在していたので、日本人に合った味付けで全く問題ありませんでした。マジュロには他にOUTRIGGER MARSHALL IS. RESORTという高級ホテルがありますが、ここは無線アンテナの設置を拒否され、無線運用はできないとの事でした。海外運用では付き物のいくつかのトラブルにも遭遇しました。その1. ライセンスについては、噂の通り正式書式でのものは発給されませんでした。ライセンスフォームのソフトが破損、免許状がプリントアウトできない、との理由でした。免許申請料の領収書に書かれているコールサインが当座のライセンス代わりです。心配していたDXCC申請では現地テレコムのデータベース上で正式に免許された局であることがARRLで確認できたのでOKとなっています。その2. 運用中に他のホテル滞在者からTVIの苦情がありました。TVI対策は各種フィルターを入れていて、オペルームの受像機では問題ありませんでしたが、どうやらクレームのあった部屋の受像機が古いものだったのが原因の様です。急遽ANTの設置場所を変えたり受像機をオペルームのものと交換したりでクリアーしました。その夜にビール1ケースを持参してお詫びに伺いました。


写真5. (左) SSBで運用中のV73AR(JA3ART)海老原和夫氏。(右)ホテルの敷地内に張ったアンテナの下で、クラブ旗と共に記念撮影。左からV73NH、V73AR、V73MM、V73TXの各氏。

その3. マジュロで降ろすべきスーツケースが1個出てきませんでした。降ろし忘れでハワイまで行ってしまったとのこと。その便は2日後でないと戻ってこないため、無線機1台の運用がこの2日間できなくなりました。この1日間のロストバッゲージ補償金は50USドルでした。グアムでのトランジットなどで実質の運用日数は8月6日から14日までの9日間でしたが、島内観光を楽しみながらで総QSO数は4,727QSO、運用リクエストの多かったRTTYも107QSOと、それなりの成果を得ることができました。(2020年6月記)」


写真6. V73のチームがQSOした結果の、バンド別集計表。

1997年 (ミッドウェー島 K1NT/KH4 及び クーレイ島 K7K)

JA3IG葭谷祐治氏が、1996年にミッドウェー島で運用されたことは、FBニュース2021年10月号の当連載記事(その103)で紹介済みですが、今回はK1NT/KH4のQSLカードを添えて、違ったコールサインで再度運用したとアンケートを寄せてくれた(写真7)。また同時に、クーレイ島へのDXペディションにも参加したとレポ―トしてくれた。「1997年4月17日から22日まで、ミッドウェー島からK1NT/KH4で運用しました。ミッドウェーはアメリカのライセンスを持っておれば誰でも運用できます。但し、Wildlife Refuge Serviceの許可を事前に得てアンテナを張ることです。また、KH4/日本のコールサインで、FCCのテンポラリー許可でも運用可能と思われますが、よく分かりません。


写真7. K1NT/KH4葭谷祐治氏のQSLカード。

また、1997年9月27日から10月3日までの、Kure Atoll DX-Peditionに参加しました。コールサインはK7Kですが、最近ワン・バイ・ワンのコールが許可されたので、このコールサインになったと思います。一寸混乱もありましたが・・・。オペレーターは、AH0W(リーダー), UA3AB, SM0AGD, KH7U, N9NS, W0MY, K0EUの7人と私(JA3IG)でした。(1997年10月記)」

1997年 (ハワイ K7IL/KH6, AH6/AH0R)

JF3PLF杉浦雅人氏は、K7IL/KH6で運用した時の、ハワイでの経験をアンケートで寄せてくれた(写真8~10)。「日本に、まだ週休2日制が定着していなかった頃の話です。土曜日の午後に居残り勤務をするのが癪で、意地でも定時で職場を出ると決めていました。行き先は、京都市内のECC外語学院。通い始めて数年後の1996年、参加した『第28回ホノルル市長杯全日本ECC英語弁論大会』中級以上の部において、めでたくグランプリをいただくことができました。副賞は、何と「ホノルル市長公式訪問のための全渡航費、滞在費並びにハワイ大学1ヶ月間の語学研修費用全額」でした。かくして私は、1997年夏、1ヶ月間ハワイへ行くことになりました。

せっかく海外へ行くのに、そこで無線をしない手はありません。前の年にバニティーで取得したK7ILのコールを初めて使うチャンスでもあります。私は、FT-757とモービルホイップ持参でハワイへ行きました。大学のマノアキャンパス内にあるハレ・アロハ寮でさっそく運用開始。ほどなく、現地のKH6CD, HowieやK5XS, Bernieと知り合いました。また、出発前にQSOし、「クラブ局WH6CYFからオペレートしないか」と誘ってくれたK7CXJ, Johnとも連絡が取れました。1ヶ月の滞在期間中には、彼らを訪問したり無線をさせてもらったり、寮からKCJコンテストに参加したり(Oceania1位)と、余暇に無線を楽しむことができました。大学のメールアカウントをもらい、マルチメディアルームから京都の仲間にメールを送ったり、自宅に置いてきたパケットのBBSにTELNET経由でメッセージを書き込んだりと、当時にしては最先端の実験もできました。


写真8. (左)K7IL/KH6杉浦雅人氏のQSLカードと寮の部屋(シャック)。(中)K7ILの免許状。(右)KCJコンテストにK7IL/KH6で参加して得た第1位の賞状。


写真9. (左)KH6CD, Howieのシャックにて。(右)K7CXJ, John、K5XS, Bernieとホノルル・エレクトロニクスにて。

もちろん、ECCからのミッションである大学の集中講義に欠かさず参加して英語もちゃんと勉強しましたし、当時のホノルル市長であったJeremy Harris氏の公式訪問も果たしてきました。この時の思い出は今でも鮮明で、アマチュア無線を趣味としていたからこその楽しい学生生活でした。(2020年8月記)」


写真10. (左)ハワイ大学のクラスメート達と一緒に。(右)Jeremy Harrisハワイ市長公式訪問。

JH6RTO福島誠治氏は、1997年10月29日から11月2日まで、AH6/AH0Rのコールサインでハワイから運用したと、アンケートを送ってくれた。「バニティコールAH0Rをもらって、1997年だけで、AH2(4月)、W3(4月)、VP9(4月)、AH0(9月)、それに今回のAH6で、十分にFCC免許を活用しています。今回は結婚1周年旅行に無線機持参の許可がおりましたので、IC-706とホイップアンテナ数本を持参しました。ちなみに、ハネムーンはVK4VYX(IOTA OC-160)でした。“無線はおまけ”と言いつつ、ミニプロップのシミュレーション結果は確認の上、JAを狙いました。対JAは、JAの日の出から1~2時間の21MHzで決め撃ちし、これは大成功でした。面白い所としてはW4FJE/KH3やEM1HO(南極)が出来ました。ロケーションはワイキキのモアナサーフライダーの西向きの部屋で、これもJA向けには好都合でした。ホテル客室からモービルホイップで出るときは、アースがきちんと取れるかどうか分かりませんから、1/4波長より少し長めのカウンターポイズを持参し、現地で切りつめています。(1997年11月記)」

「あの人は今 (第32回)」JA3ART海老原和夫氏

今月号のマーシャル諸島の項で紹介させて頂いた、V73ARを運用されたJA3ART海老原和夫氏から、その他の海外運用を含めた近況をお知らせ頂きましたので紹介させて頂きます(写真11~15)。「1958年12月の新設検査合格からはや63年が過ぎました。当時18歳の高校3年生が今は81歳の後期高齢者です。1960年7月に28メガとCW追加の変更検査合格からはDXハンティングに夢中になりました。JA3AA, JA3AQ, JA3DX, JA3DY, JA3GM, JA3UI局など3エリアの素晴らしいDX指導者にも恵まれ1991年9月にはZA1AとのQSOでDXCC HONOR ROLL #1も完成することができました。当時のカレント・カントリー数は323でした。


写真11. (左)中学生から高校生で免許を取るまで、JA3-1273でSWLを運用された海老原和夫氏のシャック。
(中)海老原和夫氏自作のトライバンド2エレメント・キュービカルクワッドアンテナ(1963年頃)。
(右)海老原和夫氏が獲得した、DXCC HONOR ROLL #1の盾。

海外運用での免許取得に有利なFCCライセンス取得にも挑戦し1996年7月にEXTRA級まで取得できました。60歳定年退職の数年前からは東南アジアや南太平洋方面からの運用に興味を持ち、4S7GGGは5回、T88JJは4回、KH0/N3JJは2回、他9M8ART、3W6JJ、V63JJ、V73ART、KH2/N3JJ、DT04YL(ゲストOP)、V85SEA(ゲストOP)、HS0B(ゲストOP)などで運用しました。他に仕事で滞在していたVancouver/VEやSeattle/U.S.A.からもN3JJのコールサインでよく運用していました。


写真12. 海老原和夫氏の歴年の海外運用のQSLカード(4S7GGG, T88JJ, KH0/N3JJ, 9M8ART, 3W6JJ)と、
(右下)ベトナム・ホーチミン市のPTT局舎で、3W6JJを運用する海老原和夫氏(1998年)。

また同時に国内の移動運用も楽しんでいました。もう一つの趣味であったイノシシ・シカ猟に使っていたピックアップ・トラックが無線の移動運用にも最適で、発電機、ANTマスト、タイヤベース、テントなどを積み込んでアチコチへ出かけていました。


写真13. (左)ピックアップ車に猟犬を乗せて、猟仲間と猟に出かける海老原和夫氏。乗用車には犬を乗せられないので、ピックアップ車は必需品とか。(右)丹後半島の猟場でイノシシを仕留めた海老原和夫氏。

1974年5月にはJAで初めての走行する車から1.9メガを運用したりと1.9メガにも興味を持ち、DXCC-100の達成よりも難しく感じた1.9メガWACAを特記7号で2008年8月に達成できましたが、最後まで残ったのが鹿児島県西之表市(JCC-4614)でした。


写真14. (左)1.9MHzを車から運用した海老原和夫氏の1.9MHzモ-ビルアンテナ。
(中)ハイラックス・ピックアップに釣竿アンテナでも移動運用した。
(右)1.9MHz特記番号7号で取得の海老原和夫氏のWACAの盾。

観光都市である京都を訪問する外国のハムも多く、W1BB、WA6IVM、W7VFR、VE4DQ、OK1XDD、4S7VK(RSSL会長)、4S7EA、4S7KE、9N1MMなどの京都観光にもご一緒しました。

終生の趣味と思っていたアマチュア無線ですが、2017年3月に致死性不整脈発作による突然の心停止状態になり急遽埋込み型除細動器(ICDペースメーカー)の埋込み手術をうけることとなり以降は「無線は絶対厳禁」と医師から申し渡されました。でも無線の虫は収まらず、最近はQRPのCWのみですが、HFで電波を出しています。また60年も前に使っていたTRIO TX-88Aと9R59のビンテージ無線機のリストアに挑戦しています。


写真15. (左)JA3ART海老原和夫氏のQSLカードと、
(右)JA3ARTのシャックにて海老原和夫氏の近影(2021年10月)。

JA3ARTのハム歴をICOMの週刊Beaconのコラムに2011年2月から75回連載で掲載していただきました。https://www.icom.co.jp/personal/beacon/ham_life/ebihara/?p ご一読頂ければ幸いです。(2021年10月記)」

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