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今月のハム

JR1AIB 井上康之さん

山梨県笛吹市にある小高い丘の上に建設した別宅シャックからコンテストやDXにアクティブなJR1AIB井上さん。井上さんのアマチュア無線との出会いは中学校の放送クラブに所属していた時代にさかのぼる。その頃、放送クラブの部室だった放送室の前には、たまたま無線クラブの部室があった。そのため両クラブは親交が深く、部員同士が行ったり来たりしていた。当時無線クラブの部室には受信機9R59Dがあり、その受信機を操作して放送受信や無線交信を聞くことで、井上さんはアマチュア無線に興味をもった。

中学校の無線クラブにはクラブコールがなく、個人コールを持つ部員の集まりだったが、これから免許を取る部員と一緒に、井上さんは中学2年の時に電話級の国家試験を受験した。合格後はすぐに開局申請を行い、コールサインの発給状況から自分のコールはJH1の終わりあたりかなと予想していたところ、予想よりも進みが早くJR1AIBが割り当てられた。

井上さんは井上電機製作所(現アイコム)のFDAM-3を使い、50MHz AMで運用をスタートした。当時の自宅周りには先輩ハムがたくさんおられ、色々と教えてもらうことができた。ある日、学校の校舎3Fから、放課後にいつものように内蔵のロッドアンテナを使ってCQを出していたところ、日本のコールサインではない局が応答してきた。何度も確認すると、オーストラリアの局だった。井上さんはAMの1W出力である。「このQSOでDXに目覚めてしまいました」と話す。

高校に入学後はもちろん無線部に入部した。2アマを取得してHFの運用も始めた。無線機を入手するより先に自立タワーを建てるなど、やる気満々だった。アンテナは自作のZLスペシャル。その後は、竹竿を利用してクワッドアンテナを自作、最終的には4エレまで拡充した。当時はまたまだビームアンテナを使用している局は少数で、「DXはガンガンに楽しめました」と話す。

井上さんは、アンテナだけでなく無線機も作った。近所のOMに指導してもらい、国際電気のメカニカルフィルターを使ってSSBの送信機、受信機を自作。このセットでSSBを始めたという。高校卒業後は工学院大学に進学し、ここでも無線部JA1YAYに入部した。大学時代は、学校からは主にコンテストに参加、周りの大学とスコアを競い合った。

大学卒業後は、東京にあった測定器メーカーに就職。就職後もずっとDXハンティングを中心に都内から運用を続けてきたが、2000年に所属部署の移転に伴い、山梨県に単身赴任することになった。それに伴って山の中の戸建ての会社の寮に引っ越すと、さっそく庭に複数本のタワーを建設。40m高のタワーに3.5MHzの2エレ八木や、1.8MHzの4スクエアバーチカルを設置するなど、「あの頃はやりたい放題でしたね」と井上さんは話す。

その後、ドイツに2年間赴任し、2008年に帰国してからは、山梨県内のロケーションのよい場所に別宅シャックを建設すべく土地を探し始めた。次は市街地に自宅を購入して、奥様と共に山梨県に転居した。

別宅シャックは2010年頃にほぼ完成。タワーは合計6基、アンテナは基本的に各バンドのフルサイズモノバンドビームを設置した。さらにローバンド用の受信アンテナも展開して、コンテストでよりよい成績を残せるように局の設計を行った。残念ながら職務上、月曜日の朝は必ず出社しなければならず、従ってコンテストへのフル参加はなかなか叶わなかったが、DXハンティングにおいては、存分に楽しめるようになった。


6基のタワーを備えた井上さんのシャック

「今一番楽しいのは、やはりDXとコンテストです。まずはテクニックを駆使してパイルに勝つこと、そしてクラブログの升埋めを楽しんでいます。DXCCチャレンジはしゃかりきにはやっていませんが、意識はして運用しています。最近は流行のFT8に良く出ています。特に160mと6mですね」、と話す。また、井上さんは、自宅からのリモート回線も構築し、通常のDXハンティングは自宅からのリモート運用で対応できるようにしている。


リモート運用時は手前のWEBカメラで、無線機、アンテナ切替器、ローテーターの動作を確認している

「引退した今は、コンテストに48時間フル参加できるようになったので、復活しますよ。あとは、体が付いてくるかどうかですね」、「それから6mのEMEにもトライしたいですね。不幸にも昨年2018年秋の大型台風で、アンテナ系に壊滅的な被害を受けた後、まだ6mのアンテナが復旧できていませんが、シーズンが始まるまでには必ずアンテナを復旧させます」と話す。

「その他には、時間もできたのでDXペディションに行きたいです。初めて海外から電波を出したのはポナペ(当時KC6、現V6)で、これまでトータルで50カントリーくらいから電波を出していますけど、まだ出ていないところに行きたいです」

これまでの海外運用で、特に記憶に残っているのはイラクだという。井上さんはイラクから初めてのRTTYを運用するためシータ5000を持って行った。しかし、通信機器の持ち込みはNGだったため、税関で没収されてしまった。しかしながら、井上さんは政府機関の仕事での出張だったため、なんとか取り戻して、クラブ局YI1BGDから史上初めてRTTYの電波を出し、多くの局にニューエンティティを提供した。

ドイツ赴任時代には、現地でアマチュア無線の試験を受けた。幸いにも英語でやってくれたので助かったという。試験にパスした後はDJ1AIBを取得し、車に乗って周りのエンティティにプチペディションによく行った。ドイツと日本は相互運用協定を締結しているので、現地の試験を受けなくても運用許可は得られるが、現地のコールサインを取得するために、住民登録後にあえて試験を受けたという。

近隣諸国のなかでも比較的珍しいリヒテンシュタインから運用していた際、現地の警察から、日本で言うところの職務質問を受けたことがある。リヒテンシュタインは、山に囲まれているため、無線運用に適した場所、特に日本に対して開いている場所がほとんどないが、やっと見つけて夜中に運用していたら、警察官がやって来た。本来は車が入ってはいけない場所に間違って侵入してしまい通報された様子だったというが、ローバンドを運用するため、暗い中で発電機を回し、160m用のアンテナを建てていたので怪しまれた。車の免許とCEPTの免許を見せ、約1時間の取り調べの後に無罪放免で解放されたという。そんな経験もしたが、HB0には何度か運用しに行き、160mでもJAと10局くらいQSOできている。

アマチュア無線をやってきて良かったこととして、井上さんは仕事と無線の相乗効果をあげる。井上さんは、測定器のシステムエンジニアとして、世界中を飛び回っていたが、その際、無線を通じて知り合った多くの海外の友人と会うことができた。現地の無線局もよく訪ねた。

例えば、明日からザグレブ(当時のユーゴスラビア、現在のクロアチア)に出張するという前日に、自宅から運用していたところ、たまたま現地のハムと21MHzでつながった。「明日からそこに行くよ」と伝えたところ、わざわざ空港まで迎えに来てくれ、ライセンスも用意してくれて、ザグレブのクラブ局から運用できたという経験もした。

一方では、前述のように、イラクのようなアマチュア無線があまり普及していなかった国に行った際、通信機器を持ち込むことができたり、運用ライセンスを得ることもできた。ただ時には、危険な場面にも遭遇した。イランイラク戦争の最中にイランに出張した際には、「スカッドミサイルが飛んでくるのがホテルの部屋から見えましたよ」と話す。

井上さんは、今後の予定として、まずは昨年の台風で破壊されたアンテナシステムの完全復旧を行い、その後も設備の拡充は続けていく予定だという。昨年は、台風の他に落雷にも見舞われて、シャック内の通信機器に多大なる被害を受けた。「2010年にこのシャックを構築してから、大きな被害もなく順調に来ましたが、昨年は、台風と落雷で大きなダメージを食らい散々な年になりました」、と話す。そんな教訓から、落雷対策としてACラインは絶縁トランスを入れ、放送局用のアレスターもつけた。今後さらなる強化も図る予定だ。


取材時(2019年2月)のアンテナの様子。WARCと6m以外のアンテナはほぼ復旧した。

さらに、「リタイアして時間ができたので、電子工作を本格的に再開したい、無線機器やリニアアンプも作りたいです」と話す。井上さんの別宅シャックから車で10-15分走れば、イワナ、アマゴなどが釣れる渓流があり、シーズンには無線仲間と渓流釣りに出かけているそうだが、リタイア後もまだまだ忙しい日々が続きそうだ。


チェーン駆動の自作ローテーター

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