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今月のハム

JA0TJU 真貝文行さん

無線運用をするよりも、電子工作にかける時間の方が圧倒的に多いというJA0TJU真貝さん。真貝さんが最も得意とするのは半導体を使ったVHF、UHFパワーアンプの製作である。過去約30年間、新規製作/改造/修理を含めて毎年1台以上の半導体のパワーアンプを製作してきた。

新潟県柏崎市在住の真貝さんは、小学生の頃から機械いじりや電気に興味があり、プラモデルや、船や飛行機の模型を作って楽しんでいた。またその頃、雑誌「子供の科学」や「初歩のラジオ」誌を読んでアマチュア無線の存在を知った。小学6年生の時には、同級生の兄がアマチュア無線を始めたのを見たことで自分もやろうと思い、両親に頼んで通信教育を受けさせてもらい勉強を始めた。同時期には「未完成の5球スーパーを入手してトラッキング調整を行ったり、局発を上げて3.5MHzのアマチュアバンドでAMによる交信をワッチしたりしました」と話す。

1972年中学1年生の時、長野市で開催された10月期の電話級国家試験を受験。しかし残念ながら不合格。翌1973年4月期に再度受験して合格した。無線従事者免許証を取得するとすぐに開局申請を行い、その年の10月にJA0TJUのコールサインを受領した。実際の開局は12月にRJX-601を買ってもらい50MHzで第一声を発射した。50MHzの運用を続けるにつれて50MHzの伝播の魅力に惹かれ、真貝さんはその後もメインバンドはずっと50MHzだった。

中学時代は同級生5人くらいが開局したため無線クラブを作り、毎晩のようにラグチューをしたり、週末には移動運用を行ったりして楽しんだ。中学卒業後は地元の柏崎高校に進学。高所から運用したいという願望を叶えるため、真貝さんは迷わず山岳部に入部した。「当時は20kgを超える荷物に加え、RJX-601もパッキングして北アルプスを縦走する元気がありました」と話す。そして高校1年で電信級、高校2年で2アマを取得。上級ライセンスを取得したころから真貝さんのパワーアンプ作りがスタートした。

まずは真空管S2001を2本使って50MHzのリニアアンプを作った。完成後は変更申請を行い、検査も受けて50W免許を取得した。当時は10Wを超える免許を取得するには、まだ電波監理局(現在の総合通信局)の落成検査/変更検査をパスする必要がある時代だった。

真貝さんは高校時代、アマチュア無線に熱中しすぎたことで勉強がおろそかになってしまい、志望した大学への入学が叶わず、代わりに2年制の県立農業技術大学校に進学することになった。時はサンスポットサイクル21のピーク時期で、50MHzでも海外局が入感し、真貝さんは学生寮に揚げたダイポールアンテナで米国の局をS9オーバー受信できたことを覚えている。しかし「さすがにこの2年間は、農業技術について本気で勉強しました」、と話す。

卒業後は新潟県に就職し、一人暮らしとなってダイポールで細々と50MHzに出ていた。就職3年後の1983年にRTTYを運用する目的でPC-8001を入手するとパソコンに熱が入り、土壌分析処方箋作成や、稲いもち病発生予測など多数の業務関係アプリ開発に没頭した。

サイクル22が立ち上がってくると、職員アパートに50MHzの9エレ八木をあげ、50MHzでのDX QSOメインで楽しんだ。その頃には1アマも取得し、日夜入感する北米、南米、欧州、アフリカとQSOしたという。ただし真貝さんはQSLカードにはあまり興味が無く、WACの申請はしていない。またその頃には、見よう見まねで半導体パワーアンプ作りを始め、多数のデバイスを飛ばしながらも経験を積み、アンプ作りに熱中していった。

50MHzで500W免許が本省決済で可能かもとの情報を得て申請を行い、50MHzの大型アンプの製作を始めた。出力は500W超を目標にマルチデバイス構成で設計し、電力合成、分配の実験を重ねて、最大で16パラのアンプまで完成させた。免許は地方扱いとなり1991年に新潟県内では初めてとなる50MHz 500Wの免許を得たという。その後は、高い周波数のアンプ作りを目指し、144MHzや430MHzの大型アンプ作りにも着手。また15年くらい前からは、ポケットベル(280MHz帯)や携帯電話(860MHz帯)などのジャンクアンプを独自に改造し、144MHzや430MHzのローコストかつハイパワーなアンプ製作を楽しんでいる。また、アンプ製作やパソコンソフト開発のかたわら34歳の頃には、第3級総合無線通信士や第1級陸上特殊無線技士を取得し、毎年、クラブ(JR0YHF)で参加するコンテストではCW中心にオペレートしている。

真貝さんはアマチュア無線をやってきて良かったこととして、中学、高校といろいろな世代の人とラグチュー中心に運用したことから、人と話をすることに抵抗が無くなり、職業とした農家への技術指導業務においては、初対面の人とも、自然に会話ができるようになったことをあげる。そのほか、仕事柄、県内各地を転勤したが、交信相手が県内や近県の多い50MHzを中心に運用してきたことから、勤務地には必ず無線仲間がおり、すぐに地域に溶け込むことができたことをあげる。そのほかには、アマチュア無線のおかげで比較的早い時期にパソコンに触れたことで、仕事関係のプログラム開発や農業情報システムの整備などでも成果を上げることができたことをあげる。

真貝さんはこれまでパワーアンプ作りを中心にアマチュア無線を楽しんできたが、特に半導体アンプにこだわり、HFから430MHzまで500Wオーバーの半導体アンプを何台も製作した。これらの製作記事をCQ誌などに掲載してもらったことから、記事を読んだ読者からジャンクや部品、情報を提供してもらい、それを次のアンプ作りに活かすなど、多くのことを学ぶことができたという。


現用の自作パワーアンプ
(左上)430MHz、(左下)共用の電源、(右上)144MHz、(右下)50MHz

144MHzや430MHzのアンプを製作した当時は、EMEをするためと言うよりは実射テストするためにハイパワー免許を受けた。EMEはいつでも運用できる状態にはあるものの実際の運用は、ARRL主催のEMEコンテストの日(年に4日間)程度しか運用していない状況で、設備の構築が面白いという。

一方、2007年に茨城県高萩市にあるKDDI茨城衛星通信センターで実施された8N1EME(32mディッシュ使用のEME)には3回参加し、その後2009年に千葉県勝浦市にあるJAXA勝浦宇宙通信所で実施された8J1AXA(18mディッシュ使用)の運用では144MHzと430MHzのパワーアンプの製作を担当した。途中で仕様が何回か変わって苦労したが、なんとか完成させ、勝浦には8回ほど出向き運用も行ったという。

真貝さんはアマチュア無線に関する苦労話として、1アマへのチャレンジに何回も失敗した後、1987年に長男の出産のために奥様が実家に帰った折に猛勉強して28歳の時にようやく合格したことを上げる。また、144MHzの500W申請は、信越管内では初めての申請だったこともあり、信越電波監理局(当時)から回線設計の根拠について詳しい説明を求められ、2週間かけて資料を作成したことをあげる。「信越管内の各局にもその資料を提供して情報共有しましたので、その後ゼロエリアではEME局が徐々に増えていきました」と話す。1999年頃には多くなった県内や東北のEMEerを集めて毎年ミーティングを開催していた。


真貝さんの現用アンテナ群
左のタワーには、430MHz4x31エレ八木、7MHzフルサイズダイポール
真ん中のタワーには、144MHz2x13エレ八木(以前はEME用の4パラ)、
右のタワーには、HF帯2エレトライバンダー、50MHz9エレ八木
そのほか、3.5MHzのワイヤーダイポールも展開。

「半導体アンプ作りを始めた当初は、1本4,000円くらいするトランジスタを一瞬で飛ばしてしまうことも多く、本当に生活を傾けてアンプ作りを行っていました」と笑って話す。過去に飛ばした半導体の費用を合計すると軽く50万円以上になり、また10万円単位で購入したデバイスがロットエラーで正規の動作をせず全て廃棄したことも何回かあった。「単にパワーを出すだけなら、自作するより既製品を買った方がはるかに安いと思います」、「ただし、最近は限界を追求しないので、飛ばすことは少なくなりましたよ」と話す。

真貝さんが今、力を入れていることは、2.4GHz以上のEMEシステムの構築である。ジャンクの2.1GHz携帯電話基地局用送信機を入手し2.4GHzへ改造したり、直径1.8mの小さなディッシュも入手して、現在はその駆動装置の製作を行ったりしているが、単身赴任中ということもあり、まだまだ先が見えていない状況だという。さらに、最近のデバイスを使い1kWが軽く連続して出せる50MHzアンプの製作を検討している。その他、「リタイアしたら、車に無線機とアンテナを積んで、全国をゆっくり旅してみたいですね」と話す。

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次号は 4月1日(水) に公開予定

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