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今月のハム

JA3AHD 野田秀雄さん

昭和8年生まれ、満85歳の現役ハム、野田秀雄さん。今HF帯で最も人気のデジタルモード「FT8」をメインに、奈良市にある自宅から連日アマチュア無線を楽しんでいる。

京都生まれの野田さんは、少年時代に鉱石ラジオを組み立てた記憶があり、それが無線との関わりの原点と話す。戦後の混乱期はラジオを聴くことが唯一の娯楽で、浪曲や漫才、のど自慢などを聴いて楽しんだ。その頃に野田さんは、ラジオ教育研究所(ラ研)の通信教育を受講し、鉱石から始まり、整流理論、真空管理論、高周波理論など、この通信教本でラジオの基礎を学んだ。この通信教育は添削もしっかりしていたことを覚えている。

野田さんは高等中学を卒業後、昭和23年に近畿日本鉄道に入社したが、勤務が終わると社業に関わる建築学を学ぶため、勤務地に近い大阪市内の今宮工業高校定時制建築科に通学し、さらに同学校卒業後も専門学校の2部に通学して、昭和40年に一級建築士の資格を取得した。

当時は職場と学校の通り道であった日本橋のラジオ街によく立ち寄ったが、ここでは、電子部品をもちろん、シャーシ、ケースからビスに至るまで何でもそろった。さらに顔なじみになったラジオ商の店主がラジオ作りを親切丁寧に指導してくれたこともあり、野田さんはまだ市場には少なかった5球スーパーや、高周波1段増幅付きの6球スーパーのラジオを作ったという。

あるとき、短波付きのラジオの組み立て中に、突然ハムの通信が聞こえてきたことがあった。その様子を職場の同僚に話したところ、その同僚が生駒山上にある京大天文台に勤務していたJA3AV辻村さんを紹介してくれた。野田さんは辻村さんから、設備の紹介や交信の様子、さらには電波と太陽コロナの関係などを教えてもらったことで、アマチュア無線の楽しさを知り、その後も何度か訪問するうちに、野田さんはどんどんハムに惹かれていった。

辻村さんからもらった資料で、野田さんはアマチュア無線技士の受験勉強を始めた。そして24歳の時、昭和32年8月に第2級アマチュア無線技士の資格を取得。また受験勉強の傍ら、野田さんは土日の休日を使って、受信機と送信機の組み立てに熱中した。送信機は3.5MHzと7MHzの2バンドでフローティングキャリア方式にトライしたという。2アマ取得後は少し時間をおいて開局申請を行い、昭和32年12月28日に落成検査に合格して、JA3AHDの免許を受領した。

野田さんすぐに7MHz AMで第一声を発し、JA5FV局との間でファーストQSOを達成した。また2局目は国家試験の試験会場で友人になったJA3ADW渡辺さんだった。この渡辺さんとは、本年2018年に60年ぶりにQSOでき、そのときは身震いしたという。60年ぶりのQSOはFT8だった。


野田さんの開局当時のログブック

開局当初は3.5MHzと7MHzのAMを主に明けても暮れても運用した。「その頃は口も良く滑りました」と野田さんは話す。その後JA3AV辻村さんの影響で50MHzの送信機を作り、終段管には2E26を使用した。


開局間もない頃のカット

一方で、野田さんはJARL奈良クラブに所属し、メンバーの先輩局との交流を深めながら様々なアドバイスをもらった。野田さんはクラブの機関誌発行の手伝いも行ったが、当時はガリ版印刷の機関誌だったという。さらに、当時の朝日新聞社奈良支局の会議室を借りて、国家試験に向けたアマチュア無線技士の養成講座を開催し、講師や事務局を担当することでアマチュア無線の普及活動も行った。まだアマチュア無線技士の養成課程講習会が行われていない時代だった。

その後、野田さんは電波法の改正に合わせて、昭和36年に電気通信術の試験に合格して新2級へ移行した。さらに車載運用で144MHz、430MHzも始めた。40歳前後はSSBモードがHF帯の主流になったため、市販品の無線機を購入してオンエアを継続したが、その頃は今の無線機と比べると性能も劣り、インターフェアがしばしば発生したため、HF帯ではそれを気にしながらの運用となりましたと話す。

野田さんは42歳の時に現在のQTHである西ノ京に転居。自宅を新築し新車も購入。さらには、待望のクランクアップタワーを建柱しHFのビームアンテナを乗せた。リグには八重洲無線のセパレート機を購入。次第に海外交信がメインとなり、DXコンテストへも参加するようになっていった。


西ノ京に転居した当時

一方、年齢を重ねるに従って仕事の量は増えて行き、近鉄の鉄道部門から百貨店部門に異動すると、多忙を極めるようになった。しかし、野田さんはその後もQRTすることは無く、リグやアンテナを改良しながら、SSBでのコンテスト参加をメインに運用を続け、5年ごとの再免許も必ず行って、今年2018年で開局60周年を迎えた。

野田さんは、オールアジアコンテストの電話部門が一番好きで、西ノ京に転居してからはできる限り出場しているが、このコンテストはコンテストナンバーに自分の年齢を送出するため、交信相手の年齢が分かる。野田さんは、昔のコンテストログと最近のコンテストログを比較して、コンテスト参加者の平均年齢が徐々に上がっていることと、今は若者が極端に少ないことを危惧する。


2005年に入賞したときの賞状

野田さんは、アマチュア無線のほかにも、釣りとゴルフの趣味を持っており、特にゴルフについては最盛期では年に80ラウンドもするほどアクティブであったが、80歳を超えて、体力の衰えを自覚。趣味はアマチュア無線に一本することを決め、90歳まで運用するつもりで10年間の計画を立てた。重いものを移動できない。高所に登れない。半田付けが難しいなどの条件を考慮した。

・クランクアップタワーのウインチの電動化。
・オールバンドに出られるアンテナの整備と定期的な保守点検。
・手先がうまく使えなくなっても運用できるようにデジタルモードへの移行と、そのための無線機の整備交換。
・インターネットをアマチュア無線で積極的に利用するために関連サイトへの登録と運用。

結果的に近所のハムショップ「けいはんな通信」に相談して、上記すべてを実現。さらに運用アドバイスも受けて、ますますアクティビティーが上がっていった。野田さんは2018年になるとFT8の運用をスタート。このモードの運用を始めると、その魅力にすっかりはまってしまい、6ヶ月間の運用で交信局数は1000局に迫る勢いだ。


整備が完了した野田さんのアンテナ群
(7/10MHz DP、14/21/28MHz 4ele、18/24MHz DP、50MHz 5ele)

またアワードの追っかけも始め、DXCCは2018年8月初旬ですでに156ワークトまで進み、コンファームもまもなく100に達しそうだ。WAS(Worked All States)は41州までQSOできている。「私は満85歳ですが、今もアマチュア無線を存分に楽しんでいます。若い頃のように体が動かないこの年齢になっても楽しめる、アマチュア無線は素晴らしい趣味だと思います。これには常に頭を使いますので、脳の老化防止にもおすすめします。ぜひ皆さも楽しんでいただきたいと思います」と、野田さんは老後の楽しみとしてもアマチュア無線を勧めている。


ウインチを電動化したクランクアップタワーと野田さん。

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